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西洋古典音楽

皆さま、温かいお言葉かけやご支援を賜りまして、感謝申し上げます。

本日は西洋古典音楽につきまして、前提知識を要さぬようお話します。

「西洋」とは、ヨーロッパにて発達した文化を意味します。

東方のシリア聖歌やビザンツ聖歌に影響を受けてアンブロジオ聖歌や古ローマ聖歌などが発展しました。シャルル・マーニュはヨークからアルクインを招聘して、9世紀以降にメッスのアマラリウスらが典礼を整備してグレゴリオ聖歌が形成されました。

カロリング朝やイングランドでは、ローマ教会の権威と結束して、領地の統治に聖歌が必要でした。最初期の多声音楽は、ザンクト=ガレン修道院にて、定旋律の聖歌を装飾するよう、対旋律が即興されて成立しました。

グレゴリオ聖歌Viderunt omnes(9世紀)
[Laon, Bibliotheque municipale 239, 10]
二声オルガヌム[対旋律]Viderunt omnes(10-11世紀)
[Biblioteca Apostolica Vaticana, Reg. lat. 586, 87v]

西洋音楽は多声音楽の歴史です。

多声化や記譜法の成立と変遷を追跡して音楽の構造が分かります。

9-10世紀の『音楽提要Musica enchiriadis』や『提要解題Scolica enchiriadis』には、完全八度・五度・四度で平行に対旋律を附した平行オルガヌムが示されます。

11世紀のグイドによる『音楽小論Micrologus』(1026年)には、同音から最大四度まで開き、平行で移動して閉じて、同音になる斜行オルガヌムや『オルガヌム作法Ad organum faciendum』(1100年頃)には、斜行・反行・交差を多用して、声部の独立を強めた自由オルガヌムが記されます。

一音対一音punctus contra punctumから、対位法contrapunctusとなりました。

『音楽提要Musica enchiriadis』Rex caeli, Domine(895年頃)
[Bamberg Staatsbibliothek, Var. 1, 57r]

12世紀のアキテーヌ記譜のメリスマ型オルガヌムでは、聖歌の旋律を下声部に長く伸ばした持続低音を配置して、活発な上声部が定旋律の一音に対して、対旋律で数音が応じます。反進行・斜進行を多用して、八度で旋律を装飾して、主旋律に三度を分散和音となるように積み上げ対旋律を構成しました。

パリ・ノートルダム大聖堂のアルベルトゥスによる静謐な三声Conductusが、フランスのクリュニー修道院で『カリクスティヌス写本』に収録され、サンティアゴ・デ・コンポステーラの巡礼路でガリシアに運ばれました。

Albertus, Congaudeant catholici(1137年頃)
[Codex Calixtinus, 4r]

ノートルダム楽派のレオニヌスペロティヌスらは引き延ばされた定旋律の上を対旋律が細かいモードリズムを連ねました。1180年頃に基本リズムを結合したモーダル記譜法で『オルガヌム大全Magnus liber organi』を大成しました。

古代ギリシア哲学を発展させた中世イスラム哲学が流入して、パリ大学も組織され、スコラ学が隆盛して、音楽も理知的に構築されました。また、ノートルダム大聖堂がゴシック様式で建設された勢いも母音を長く延ばした「ヴィー」から感じられます。

三声オルガヌムLeoninus, Viderunt omnes(1180年頃)
[Wolfenbüttel, Herzog August Bibliothek, Guelf. 628, 21r]
四声オルガヌムPerotinus, Viderunt omnes(1198年)
[Firenze, Biblioteca Medicea-Laurenziana, Pluteus 29.1, 1r]

多声音楽では、横線[旋律の流れ]と縦線[和声の動き]が大切です。

多声音楽は横[旋律]と縦[和声]が織り成して、感情の流れが曲の中で生まれて作品として完結します。旋律と和声を兼備して、人間の感情を表現して、音楽を創造できた最初期の音楽家は、ブルゴーニュのデュファイです。

イギリスのウスター断片にみられる美しく響き続けるファブルドン、フランスのシャンティー写本(マショーら)にみられる快活なアイソリズムや二重導音終止、イタリアのスクアルチャルーピ写本(ランディーニら)にみられる甘美な旋律や終止を個性に溶かしこみ、ルネサンス音楽の基礎を確立しました。

チコニアは、イタリアのトレチェント音楽とフランスのアルス・ノーヴァ音楽を兼備して、ヴィルレーとバッラータ、ミサ曲断章やモテットを作曲しました。イギリスのダンスタブルは、和声の安定により感情の表現に寄与しました。

デュファイの作品には、旋律線やリズムの変化という観点から論理性、ウィットやユーモアなどに人間性、音楽様式や作曲技法などに創造性も感じられます。音楽が人間の感情を表現できる芸術として確立されたことを意味します。​

Guillaume Dufay, Nuper rosarum flores(1436年)
[Modena, Biblioteca Estense, MS Lat. 471, 70v]

晩年の最高傑作「ミサ・アヴェ・レジーナ・チェロールム」(1472年)は四声で構成されます。11世紀の聖母を讃える交唱「めでたし天の女王Ave Regina caelorum」を引き延ばしてテノール声部に据えられます。

定旋律の聖歌は第六旋法(ヒポリディア旋法)ですが、多声化されたミサ曲では、和声進行を制御して、旋法感による瞑想的な雰囲気を弱め、世俗音楽で盛んな短音階(エオリア旋法)や長音階(イオニア旋法)などが暗に用いられます。

9世紀にはdiscantus(対旋律vox organalis)とtenor(定旋律vox principalis)の二声duplum、12世紀のアキテーヌ記譜で三声triplum、13世紀のノートルダム楽派で四声quadruplumが生まれました。

14世紀にイギリス式faburdenを最低声部burdonに追加して、三声cantus・contratenor・tenorで即興しました。上声部trebleを四度上、下声部sightは五度から三度下に一対一で添え、連続した和声をなして豊かな響きになります。

15世紀にイギリス式faburdenはgymelに発展して、フランス式fauxbourdonはデュファイやバンショワらにより発展しました。discantusとtenorの二声でcontratenorをdiscantusの四度下を歌います。

四声superius・contratenor altus・tenor・contratenor bassusになり、全ての声部が自由に動いて、和声の調和や衝突で流れを生み、最低音部のバスが下から支えるようになり、数世紀をかけバロック音楽の通奏低音へ移りました。

Guillaume Dufay, Missa Ave Regina caelorum(1472年)
[Brussels, Bibliothèque Royale, Ms. 5557, 112r]
[Nigel Davison翻譜・Vanderbeek & Imrie出版](1997年)

デュファイの「ミサ・アヴェ・レジーナ・チェロールム」は、最初期の旋律と和声の両者を配慮した作品です。

デュファイは、旋律を配置して、和声を制御して、音楽の展開を感情の変化に添い生み、自然な音楽を見つけました。多声音楽では、横[旋律]と縦[和声]が織り成され、楽譜上で時間の流れで横に進む旋律に伴い、旋律に接する断面には、四声では四つの音符か休符が存在します。各々の旋律がずれ、少ない音符から、多くの和声が生じます。音の数が掛け合されるよう複雑な経過和音が生まれて、複雑な感情の変化や作者の個性が、音楽に反映するようになりました。

ティンクトリスは『プロポルツィオ論Proportionale musices』(1476年)で「当代になり、我々の音楽は新芸術と称すべき優れたものとなった。その新芸術は、ダンスタブルを筆頭とするイギリス人、同時代のフランス人デュファイとバンショワが創始した」としました。彼らの実践で得られた知見が、作品として伝わりました。

Guillaume Dufay & Gilles Binchois
[Paris, Bibliothèque nationale, fr. 12476, 98]

デュファイの作品は、イギリス・フランス・イタリアの音楽様式が相互作用して、宗教音楽や声楽に世俗音楽や器楽の要素を加え、ルネサンス期のヒューマニズムを現しているとも把えられます。音楽で人間の感情や思考を表現できたからこそ、ブルゴーニュ=フランドル楽派は大きな伝統になりえました。デュファイは感情の表現を多彩に、オケゲムは作曲の規則を厳密に、ジョスカンは和声の構築を完璧に、オブレヒトは旋律の操作を明確にして継承されました。

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Johannes Ockeghem
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Josquin Desprez

フランドルの政情が安定しなくなると、アグリコラはスペイン、イザークはオーストリア、ヴィラールトはイタリア、ラッソはドイツへ移住して、西欧全体に多声書法が伝播され、イタリアのパレストリーナ、スペインのビクトリア、オランダのスウェーリンク、イギリスのバードなどが独自に発展させました。西洋では文化や風土を異にする各国がゆるやかに交流して、分岐と統合を繰り返しながら受け継がれました。

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Giovanni Pierluigi da Palestrina
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Tomás Luis de Victoria

「古典」とは、ラテン語CLASSICUSの訳語です。

古代ローマで国家の危機を解決する軍隊Clasisを組織した最高階級Classicusです。国家の危機を解決する最高階級が、人生の危機を克服する最高傑作に転義しました。

古典を通じて、先人に触れて、知性を磨いて、感性を深めて、自ら考えを為して行える人になるからです。洗練された発想や思考の蓄積である古典は、個人や社会の危機で役に立ちます。芸術分野でも、古典は創作の危機を克服する発想や思考を提供して、人類の文化を豊かにしてきました。

ジルソンの『中世哲学史La philosophie au moyen âge』(1944年)は書物に関する専門家を四分類しました。

・独自の考えを提案する著者auctor・難解な原文の解釈する学者commentator

・多くの註釈を補足する書記compilator・書物を写して保存する司書scriptor

古典音楽にも、作曲者、演奏者、研究者、愛好者が存在します。音楽を媒ちとして感情や思考が共有されます。先人の発想や思考を丹念に分析して創造の原点となります。心の触れ合いで機械的理解が人間的共感となるからです。

KFアーカイブは、音源に固定された先人の演奏表現を味わい、実際に器楽や声楽で試して、表現する方法を得られ、個性としてゆく研鑽を援けます。先人の作品や演奏を研究してこそ、独自の創造を発展しうるからです。

古典とは、人間の空間や時間に対する認識である感性に、論理や構造に対する認識である知性が作用して、先人が人間の感情や思考に対する表現を模索して、先人が作品を創作する過程で蓄積された総体です。

Johannes Tinctoris[Valencia, Biblioteca universitaria, MS 835]

東洋の芸道の見識は、西洋の芸術にも援用できます。
書道の臨書は、音楽の研鑽に適用されます。

漢語で古典(古人の典範)は「四書五経」を指しました。また、書道では古典の法帖を臨書して、先人の墨蹟にある表現を自らの糧として研鑽しますが、西洋では音源を通して先人の演奏を模して学ぶことはされてきませんでした。

書道の研鑽では、法帖[古人の書簡]や碑帖[石碑の拓本]を学び、四千年で変遷した様々な書体の構成、表現の技術などを学び取り、

音楽の研鑽でも、楽譜[音楽の記録]と音源[演奏の実例]を学び、二千年で変遷した様々な流派の様式、表現の構造などを学び取り、作者の真意を直感して、自己の個性として表現できるようになります。

古典を味わい深める研鑽により、あらゆる流儀の構造を分析して、技法を体得して、創造に到達する早道となります。王羲之や顔真卿、パレストリーナやバッハらは、理論ではなく、作品を通して、後世に手本を示しました。

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王羲之[303–361](歴代古人像讃)
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顔真卿[709–785](歴代古人像讃)

古典を味わいゆく綿密な実践が、文化を創りゆく盤石な基礎になります。

東西を問わず、文化の発展は似ております。デュファイは西欧諸国のあらゆる音楽書法の伝統を取り込み、音楽で人間の感情を表現することに成功して、芸術に昇華しました。書で人の心を現すに至りました王羲之に匹敵します。

デュファイは中世的な作風から、人間的な作風になりました。王羲之も若年の「姨母帖」と晩年の「喪乱帖」に比せられます。デュファイは中世音楽の終止や和音、王羲之は隷書を早書きした章草など、古雅な表現も織り交ぜました。

パレストリーナは、ルネサンス音楽の盛期に不協和音を丹念に操作して、協和音を主体とする流麗で明朗な様式を確立しました。欧陽詢の隙間を操作して単調を打破した「九成宮醴泉銘」に比されます。

ビクトリアは、モラーレスやゲレーロら、スペインの流儀も受け、激情を表して、調性音楽に近づきました。南北の伝統を個性とした褚遂良の絶妙な変化で情緒を表す「雁塔聖教序」に比されます。

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王羲之「姨母帖」(万歳通天進帖)
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「喪乱帖」(宮内庁蔵)

地理的な条件や気候は、人間や文化に大きく影響します。北派の欧陽詢は峻厳な書風、南派の虞世南は温和な書風であるよう、バロック音楽にも北のブクステフーデは烈しい作風、南のパッフェルベルは温かい作風が存在します。

芸術が洗練を増し、形式を破り、創造を為す過程も同じです。ルネサンス音楽の極致に達した後、モンテヴェルディらやカッチーニらが均整美より激情性を重視して変容しました。唐代の書道でも顔真卿らが価値観を覆しました。

書道[空間芸術]と音楽[時間芸術]は、空間の余白が時間の間隔に対応して、人間の感性や知性で密接に関係します。余白の使い方は間隔の取り方、書の左右の揺らぎや線の幅は音の高低の揺らぎや音の強さの変化に当たります。

芸術が洗練を極めて体系になるには、感性や知性が豊かな人間が成果を分かち合う環境を必要としました。長大な歴史で高度に洗練された古典は、様式や表現の真意や構造に精通して、先人の意図を享受できます。

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欧陽詢「九成宮醴泉銘」(632年)
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虞世南「孔子廟堂碑」(626年)
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褚遂良「雁塔聖教序」(653年)
顔真卿「多宝塔碑」(752年)

「音楽」は再現の芸術です。「音源」は解釈の宝庫です。

楽譜を解釈して演奏する行為は作品の再創造です。解釈の素地である幅広い経験を積み、相手の真意を機敏に察知する感性が高まります。上質な経験を重ねて説得力ある意見を為せるよう、上質な演奏を味わい説得力ある演奏ができます。

作者の生きた思考や感情を表現されて作品となり、古典として継承されます。アリストテレスは『詩学』第2章(Bekker 1448a1)で模倣μιμεῖσϑαιを語根とするミメーシスμίμησιςという概念で芸術を体系化しました。

世阿弥は『風姿花伝』第7章で「ものまねに、似せぬ位あるべし。ものまねをきはめて、そのものに、まことになり入りぬれば、似せんと思ふ心なし」と語ります。型をまねることは、型に託された人の想いや考えに触れることです。

音の移り方にこそ、心の動きが表されます。実際に演奏する観点から作品を綿密に研究して、自身の個性とする余地がございます。音源に固定された先人が演奏した実例を味わうことにより、楽曲の観点や分析の方法を深められます。

先人の作品や演奏に音源を通じて触れてこそ、音色・旋律・和声・リズムなどの多彩な解釈から、ニュアンスが形成する過程を把握して、楽譜を解釈する前提となる発想を理解して、音源を資料として演奏の秘訣を探求できます。

ある文化、ある時代、ある作者、ある作品に関係する、資料[楽譜や音源]を一括参照でき、あらゆる観点から、あらゆる解釈から、作品を通じて、作者を捉えられる探求法の具現化が、KFアーカイブです。

レコードに耳を傾けるニッパー(1889年)
[Francis Barraud原画]

今回は西洋音楽の歴史、古典音楽の意義を記しました。

次回は西洋音楽の構造について歴史の変遷や人間の関係から叙述いたします。

音楽を学び、音楽を究め、音楽を愛す、多くの方が、KFアーカイブをお使い下されますよう、よろしくご支援のほどお願い申し上げます。

長文にお付き合い下さり、誠にありがとうございました。

平成28年3月4日

特定非営利活動法人 KFアーカイブ会長 中西 泰裕

西洋古典音楽 古典音楽を無償公開するデジタルアーカイブを充実させたい! 2016/03/04

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