書法や筆法(筆の持ち方、執筆法、筆の用い方、用筆法)についておしゃべりに花が咲きました。縱談書法與筆法,長達一個小時了!
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2021年4月27日
皆さま、こんにちは!
王羲之のシリーズがKF-Schola(ユニークな系譜を探究チャンネル)で出てまいりましたけれども、
王羲之の書法をずっと特集して、 実際書かれたものを見ておりましたけれども、
思ったんですよね。私沢山その書かれたものを見て、中鋒が大事だとか、これ、ここは、偏鋒だとか、内擫だとか、外拓だとか、線質だとか、筆法ということを連呼しておりましたけど、
それ自体をやっぱりお話しておかないと、伝わらないんじゃないかと思ったんですよ。
それでこんなものを今回用意してまいりましたので宜しくお願いしますということで、一緒に観てまいりましょう。
先ずこの図は鄧散木(Dèng Sǎnmù, 1898-1963)という近代の篆刻家ですけど、
《篆刻學·下編》にある図から持ってまいったんですけれども、
この書では篆刻をするには、篆書を書けなきゃいかんと書いてあって、
そこで篆書を書くにはどうしたいいのか、そう言うお話の流れで書かれているんですけども、
基本的に見てまいりましたように、篆隷の筆法。
篆書とか、隷書の筆法とは、そのまま漢代の張芝とか、少し後に鐘繇とか、三国の魏という頃ですけど、
それから西晋の陸機とか、あと東晋の王羲之ということですけれども、
その筆法にも当てはまるんですよ!
それでどうしてかと言いますと、そもそも秦の始皇帝が小篆、これを使おうと文字統一をしまして、
そこから隷書が入って、
そこから楷書、行書、草書、我々が使う全部の書体が出てるわけなんですね。
ということは、それは筆法や筆の使い方も、そのまま引き継いでいる!
それが少しずつ変化した!
それは字型であって、実は使われている線そのものは、そんなに変化してないんですよ(豐坊《書訣》「古人作篆、分、真、行、草書,用筆無二,必以正鋒為主,間用側鋒取妍,分書以下,正鋒居二,側鋒居一,篆則一毫不可側也」)。
逆に言えば、この筆法について理解をすると、
もう漢字で一番最初、甲骨文とか、金文とか、もう少し後になりますけれども、
戦国時代の楚簡という、竹簡に書かれた文字ありますけれども、
それとか、絹に書かれた帛書とか、
あとは大篆という、 戦国時代に秦の国に使われておりました籀文ともいうんですけどね。
具体的に言ってしまうと石鼓文という石(花崗岩)に彫られた当時の字があるんですけど、
それにしてもそうですしね。篆書と我々が言うと、まあ大体、普通は小篆を指すんですけれども、
秦の始皇帝が使おうといった小篆、日常的に使われたのは、もっと本当に書いた感じがする権量銘という、
それですごくきちんと書かれた、もう小篆の基本だとか言われるもの、
泰山刻石がありますけども、残ってますけども、
そういったものから、ずっと来ているわけで、
隷書は基本的には竹簡とか、木簡とか、簡牘と言いますけれども、
それとか、まあ昔から知られてたのは、石に刻まれた碑碣(「碑」は方形、「碣」は柱形の石碑)と言うんですけれども碑文ですよね。
そこに残されている文字もそうなんですけれども、
それは元々、石に書いた(書丹した)人がいるわけですから、
そういった文字はみんなやっぱり筆の使い方も、漢字そのものだけじゃなくて引き継いでいるということで、
草書(章草、今草)、行書、楷書(真書)もそこから出ておりますので、
この筆法とは、もうやっぱり漢字の字の形そのものじゃなくて、
その線そのものを見たときには、すごく大事じゃないかということで、
この筆法を理解できれば、 全ての書体が美しく揺るぎない線で書けるということで、
もう見ていきたいという気持ちは高まっておりまして、
こういった話になっているんですね!
それで私のいつもの特徴ですけど、
もう、とにかく徹底的に調べなきゃ、気が済まない、
もうそういう風になってきたら、もう最初はこういうことですよ!
字を見た!線を見た!
じゃあそもそも、それはどんな筆の持ち方をして、どんな筆の用い方をしたのか!? これが大事じゃないかと思ったわけですよね!
まあもうちょっと難しい言い方をすると、執筆法と言いますけど、筆をとる方法、
あと用筆法と言いますけど、筆を用いる方法、
それらを見たいと思うんですよ!
それでそういった時に一番難しいのが、これを動画でしかも実演じゃない状態ですから、
これをおしゃべりで伝えられるかと、一生懸命に私、どう言ったら伝わるかと、一生懸命考えましたので、
まあ一緒にお付き合いくださればと思うんですよ。
その時に筆かその軸みたいなものを握りながら楽しんでいただければと思うんですよね。
一緒に見てもらえたらと思うんです。
ということで行きますけど、
先ず伝統的な(筆を持つ)方法をお話したいと思うんですよね。
それは撥鐙五字訣と書いてありますけど、
まあこれどういう意味かといったら、
結局、「撥鐙」とは、元々、蠟燭の芯の燃えかすをポンと取る時に、その長い箸があって、箸で掴んで取るわけですけども、
その時に箸の持ち方と筆の持ち方が今ここに出ておりますけれども(梁墓壁画の《侍女圖》で二指單鉤撥燈が分かります)、
非常似てるからそう名前がついたらしいんですよ(また、楊慎《詩品》「撥鐙如挑燈,不急不徐也」、朱履貞《書學捷要》「書有撥鐙法。鐙,古燈字。」、段玉裁《經韻樓集·述筆法》「撥鐙二字,正燈火之古字。非馬上腳凳也。」、楊賓《大瓢偶筆》「鐙本古燈字。」ともあります。)。
それでかつ、この五字訣、五字のこれは訣という字は、コツという意味ですよ!
だからそれを五文字で表したと、どういうことかといったら、
この五文字は基本的には、五本の指に対応してるんですね。(姚配中《書學拾遺》「陸氏五字,蓋執管以大指擫其裡,中指鉤其表,食指押其上,名指抵其下,復以小指格之。」)
最初に文献上で出て来るのは、ここに《宣和書譜》卷四ありますけど、
この唐代の陸希聲という人が、伝記の中で出てきて、
この人はもともと唐の詩人でもあったんですね。
だから《宣和書譜》卷四と少し後の《唐詩紀事》卷四十八に出てくるんですけども、
その中でこの五文字ちょっと小さいけども、大きく書くと、
この五字で五本の指を示したということなんですよ!
それでしかも彼が言うには、「二王」は、これ王羲之と王献之ですね!
これで更に李斯と李陽冰、この人は李斯はその秦の始皇帝が小篆を作ったその時に任せた宰相の名前として残ってますけども、
それで泰山刻石を書いたんじゃないかと(言われていたり、)
それでこの人(李陽冰)は唐の時代の人ですけれども、(篆書の名手として名をなして、《説文解字》を校訂したりしました。)
たまたま同じ李さん(姓)だったから二李と言って、
「二王(王羲之・王献之)」と「二李(李斯・李陽冰)」と上手く言ってるんですけど、
まあそれはともかく、
この五文字はそういう由来で出てきて、
先ず「擫」(上古 *ʔep、中古 ʔiᴇp̚ 於葉切、粤語 jip3、官話 yè)は「よう」と読むんですけど、
これはこの「擫」とは元々、笛を持つという使われ方をしており、白居易の友人で唐の詩人で元稹がいますが、〈連昌宮詞〉「李摹擫笛傍宮牆,偷得新翻數般曲」の中で「擫笛」とこの字「擫」に「笛」で、その笛を持つとか、笛を吹くという意味で使ってるんですよ!
それで《説文解字》「擪,一指按也」には、この「擫(擪)」という字は、「一つの指で押す」と書いたんですね。
この「按」(上古 *ʔˤa[n]-s、中古 ʔɑnH、粤語 on3、官話 àn)は、この親指を意味してるんですけど、筆の管を「押す」んですよね!
それで先ず1本目、それで2本目に
「押」ともしくは圧力の「壓」(上古 *ʔˤrep、中古 ʔˠap̚ 烏甲切、粤語 aat3、官話 yā)は、「おう」と読みますけど(「あつ」と読むの慣用音は粤語に近いです)、
この人差し指ですから、これは親指に対して裏側なんですよね。
そこから筆管を支えて、バランスをとるということですよ!
それで次の「鉤」(上古 *kˤo、中古 kəu 古侯切、粤語 gau1、官話 gōu)、「こう」と言うんですけど。
この「鉤」は面白いことに、この筆を見るとそうなんですけど、
まあ人差し指もそうですけれども、中指も「鉤」とは結局、「かぎ」という意味ですよね。ちょっと筆の持ち方の手の形がそれに似てるから、そういう名前を付けられたんですけども。
かぎの形をしていると、釣り針みたいな感じ!
やっぱり親指に対して、この三点で、先ず筆を持っていることなんですよね。
それで次の「格」(上古 *kˤrak、中古 kˠæk̚ 古伯切、粤語 gaak3、官話 gé)、「かく」とは、元々の意味はこれ「木から出た枝」だという意味だったんですよ(司馬相如《上林賦》「夭嬌枝格,偃蹇杪顛。」。漢藏祖語 *s-ka(:)kに遡り、緬甸語အခက်, a.hkak、ミゾ語 kaːkに関わると考えられます。)。
だけれども、この「格」とは、この筆の持ち方の中では、この薬指を意味してまして、この漢字は(「廃格沮誹」など)阻止をする意味があるんですね(《史記·孫臏傳》「形格勢禁」。語源は漢蔵祖語 ʔ/N-g(r)akに遡り、ティディム語 khaːk¹、上古漢語「隔」[k]ˤrekと関わり、字源として、「各」klaːɡ, *kˤakの声符は、甲骨金文で逆さの足「夂」で「口」は飾符らしく、到達する意味で漢蔵祖語 *grwatに遡り、チベット語 འགྲོ་བ།, 'gro ba、上古漢語「越」*[ɢ]ʷatに関わります。)。
これは結局、実際は三方の手で上の三本で筆は持てるんです。
だけれども、その後の二本が付いていて、
それをちゃんと「貼」(上古 *[tʰ]ˤ[e]p、中古 tʰep̚ 他協切、粤語 tip3、官話 tiē)、「ちょう」と言うんですけど、貼り付けるとという意味ですね。
だから筆をこの三本で持てるけれども、後ろからこの指を添える、筆管に付けることによって、
じゃあ「格」とは阻む、阻止するという意味ですけども、何を意味するかといったら、上の3本だけだと結構、筆の先が動くんですよね。
だけどこの一本が、先ず入る事によって、結構これ固定されるんですよ!
固定されるとは、どういうことかというと、
筆が、筆管が、鉛直に垂直に固定される!
それですごい筆と手の一体感が増すんですよ!
というのは、筆が自分の体の一部みたいになる!
上の三本だけだと、まだちょっと遊びがある感じ!
でも、この一本が入るだけで、よりもう四点でちゃんと抑えるわけですから強くなる!
更にこの「抵」(上古 *tˤijʔ、中古 teiX 都禮切、粤語 dai2、官話 dǐ)、「てい」は支えるという意味ですよ! この小指ですけど!
かつここに書いてある「輔」(上古 *baʔ、中古 bɨoX 扶雨切、粤語 fu6、官話 fǔ)、「ふ」は「助ける」という意味ですよね!
何を助けるかといったら、上の四本があってかなり固定されたけれども、
最後のひと押しという感じで、この最後の二本が筆管についていることできちっと固定される!(南唐の李煜《書述》は、更に中指で筆管を安定させる「拒」、小指を右に動かす「導」、小指を左に動かす「送」を加え、八字訣にして、更に「抵」を省き、七字訣もありますが、五本指に対応する五字訣がシンプルで過不足ありません。また、鄒衍の五行、儒家の五常など、「五」には思想の基盤も感じられます。)
だからこの図のような筆の持ち方が最も合理的です。
つまり、こういうことなんですよ!
この五本が今一つ一つ指の説明をしながら、その効果を役割を話しましたけれども、
実際この名前の付け方がすごく、それを物語っていましたけれども。
筆を握る時に一番大事な問題としては、五本の指が全部それぞれの役割を今みたいに果たしてたと!
これで筆管が鉛直に紙に対して、
もしくは書く素材に対して、垂直に安定する!
それでかつその五本の指のバランスを少し変える事によって、
筆の管の傾きが少し変わるんですよね(特に親指を押したり、中指を手前に引いたり、薬指と小指を連動して左右に動かして、筆管の傾きを微妙に変えられます)!
それは書いていく中でその融通を利かせてるという意味で、
だから固定されてるけど、ちゃんと制御もできる!
それが大事なことなんですよね!
それで先ずそれでこういうことが見えてこれたんですけれども、
まあここで大事なこと、もう一つは、親指というのは、これちょっと鉤のように少し筆に対して折れてますけど、
こちら(側視)は斜めから見たと言う、
こちら(正視)は少し上に上がってますよね。
まあこれ基本的には前ちょっと曲げても、ペタッとくっつけていても、そんなにそれはどちらでも問わないと、
大体この親指は上を向いてるんですよね。
もしくは別な言いかたをすれば、
人差し指と親指が裏側から筆管を支えるような状態!
こういうことですよね!それであって、中指が自然に後ろから添えられる!
それで余った指が2本が、後ろ側から少し貼り付けるようになっているということなんですね。
見て分かるんですね。
だから、そうすると、薬指や小指の猫の爪の上で少し筆が転がったり、
ここですごく大事なことが筆管が鉛直に紙に垂直に刺さっている状態を保つことができながら、
かつ回すこともできるということなんですよね。非常に面白い!
きちんと固定をされてるのに動きもできるということで、すごく合理的なんですよ。
まあ今まで難しい話をしましたけど、別の見方をしますよ。
そうすると、筆管があったら、そこにこの図にあるよう、
親指をかける。人差し指を向こう側、中指を向こう側に添える。そして残った指を添える。
そうすれば、もう本当に自然にこのになります!
ここで大事なのが、この手首の角がちゃんと動かないということなんです。
ここの角度はまあ90度まではいかないけど、結構クッと上がるんですよね。
非常に手が固定されるんですよ。
人間のその骨格に合った筆の持ち方ということで、こうなってきてるんですけど、
基本的にここでは、二本が向こうにあるんですけど、
少し面白い歴史的な話をしますと、
これは二本ここにあるから、雙鉤法というんですよね。
「雙鉤」とは、「雙」とは二つ、「鉤」は先ほど言ったこの字「かぎ」、
つまりこういう形で釣り針みたいなこの「かぎ」鍵の形と指が2本あるということなんですね(また鵞鳥の頭のような形になぞらえて「鵞頭法」とも言われます)。
これもそう!奥にここにあるけれども、
この中指もそうということで、雙鉤法と言うんですよ!二つの「かぎ」の(ような形で筆を持つ方法)ということです。
それでもっと前は、唐の時代は、この二本だけで単鉤法と言ってたんですけど、
二本だけで持ってたらしいと、
それでしかも別の言い方をすれば、
この親指に対して一本がけだったんですよね。
それでこの親指と人差し指だけでつまむようにして筆を持てるんですよね。
あとの三本の指が別に遊んでいたとしても、
更に二指単鉤法と言うんですけど、
つまり親指と人差し指だけで一本がけ、だから単鉤法!
それで二つの指だから、親指と人差し指だから、二指という言い方もされたり、
まあ同じように時代にも同居していたでしょうけれども、
もう一本、三本支持のタイプ、
つまりここで言えば、最後の2本、ここの薬指と小指は添えない!
そういった形で上の三本だけでパッと持つような、
それでもきちっと筆は結構ちゃんと持てるんですよね。
そういった三指単鉤法とも言いましたり(その場合は中指は、筆管を挟むようにして手前側に入ります)。
大体唐代まではそういう風に書いていたんじゃないかと、
もっとすごい話があって、漢代になっちゃうと画像石といって、(壁画に刻まれた)絵が残ってるんですけど(東漢·畫像石《倉頡》、東晉·顧愷之《女史箴圖卷》、南宋·佚名《十八學士圖》はそれぞれ四指握管、二指單鉤、三指雙鉤を伝えます)、
そうすると普通に物をつかむように、グイッと掴んで、握りしめるようにして書いていたような筆の使い方(握管法)もあって面白いことにグーマーク👍みたい!
グッとただ掴むだけで四本の指で握っているような形で書いていた(四指握管法)と分かっていたりして、
ですけれども、基本的に今まではその歴史的にはそうでしたけれども、
宋の時代から、二本がけの、今こういった雙鉤法、もう本当に今出てるこの形です!
どうしてそうなったのか!? それは筆がやっぱり相当安定するんですね!
先ほど申し上げたように上の三本だけ(三指単鉤)だって別に持てる。
それで二本だけ(二指単鉤)でも持てる。
だけれども、この最後の二本(薬指と小指)を添えることによって、
ものすごい鉛直に安定する筆が、そうすると、細かい字が書けるんですよ!
筆管がきちっと定まっているから、筆鋒(筆の先)がすごく利くんですよね。
無駄なことを考えなくてもきちっと安定する!
だから細い字を書く、細楷(小楷)と言うんですが、
小さい楷書とか、紙に小さい字をびっしり書くためには、やっぱりこの雙鉤法の方が安定してることでありましたけれども、
まあ基本的に今言ったことが、歴史と筆の持ち方ですけれども、
これの基本形がありまして、人間はやっぱり皆それぞれ手の形が違いますから、
だから多少変形があったりして、もう絶対にこうじゃなければいけないということじゃなくて、
人によってちょっと違ったりして、
例えばこの人差指がちょっと結構上に行っちゃってる。
つまり中指と人差指が離れて、ここに付いてますね。こちらは見えない。
こっちで見るとついてますけど、
これで結構上に行っちゃって書いてる人も、結構中国にいたりしましてね(《清史稿·吳熙載傳》「執筆,食指高鉤」)。
多少のそういったバラエティが変種があるんですけど、
基本的には五本の指は巻貝(螺)のように皆その指の間に隙間がなく持つのが、一番いいとは言われてるんですよね(王澍《論書賸語》「五指相次如螺之旋,緊捻密持,不通一縫」)。
今ここにあるように本当にこういうタイプです!
まあ、難しいことはさておいて、
先ほど申し上げたみたいに、もう普通に全ての指をこの図にあるように筆管に添えて、
全ての指が集まるような感じで自然に持てば本当にいいんですよ!
それがその人の手にあった自然な筆の持ち方ではないかなということで、
この図を元にして考えて頂ければいいと思います。
色んな少し筆の持ち方にはバライティがあるともお話しましたけど、
やっぱり一番大事なのは、先ほど申し上げましたけど、
親指よりも手首が下にあることなんですよね(唐太宗皇帝《執筆法》「腕豎則鋒正,鋒正則四面勢全」)。
そうすると筆管が紙面に対して、鉛直、垂直に保たれるように固定されて、書いてる先の一点に集中できると!
それでかつ大事なこと、五本指の力関係が釣り合いを少し変えることによって、
筆管が思うように倒せたり、
少し手首をキュッと締める!このような形で持ったときに手首をキュッと締めると、
少し筆管が時計回りに捩れるような感じで円転(捩転)できるということですね。
それもなかなか大事なんですよ!
ここで一つ面白い事があるんです。
そもそもじゃあ今言ったこと、私がこの図を見ながら、こう持ちますという話をしたことは、
じゃあこれやりましょうと言っても、私は納得しないんですよ!
どうしてかというと、じゃあ何でなんだと!?
それにすごく興味を持つわけです
!
それでただこの方法が昔から伝わってきたから、
それじゃあ、ちょっと説得力を欠くんじゃないかと!
じゃあこういう風に考えればいいんですよ!
この方法じゃない(筆の)持ち方というと、
箸を持つ時みたいに、親指が下に向いて持つわけですね。
そうすると、結構手首がふらふらしちゃう!筆の先が定まらないんですよ!
でもこの方法だと、この手首が固定されて、非常に筆先が鉛直に保たれますから、
筆先が紙に対して揺るぎなく入る。
かつ筆を動かすこともできるということで、
一番この方法にやっぱり歴史的に先を話したみたいに収束していった。
このような方法が伝わってきているとは、
やっぱり自然に皆がものすごい数の人が筆を持って書いていった時、
一番、合理的で書きやすいよよいうことですよ!
もっと簡単な言い方をすれば、
そういう方法が伝えられてきたんですよね。
親指が下を向いていると書けないことはないんですよ!
でも本当にフラフラして安定しないし、
そもそも筆管が最初から倒れた状態で筆が紙に当たるから、
倒れた状態からは倒したりできないんですよ!
細かい動かし方はできないんですよ!
そもそも倒れちゃってるから!
だからその筆管と紙の関係を安定させようとするために筋力を使っちゃって、
むしろ(書き進めていくうちに)手が疲れたりするんですよね。
つまり常に必要ない筋肉を使うから。
それで余計なことに気を取られてしまうし、
その筆管を安定させるということに関して、
ゆっくり書いたりすると、筆管が安定しないから、
線がふらふら揺れてしまうんですね。
だからこういった持ち方をすると、ものすごく安定して線、がもう自分の思い通りに引けるという、
だからきちっと筆を持つと、きちっした線が引けるではないかということで、この方法が伝統的に伝わってきたんじゃないかと思っております。
コツを昔の人も書き残してくれていまして、
包世臣という人が、清代の人ですけれども、
鄧石如という人がいて、ものすごい篆隷がもう上手だったんですよね!
その人の筆法を見て、ああ、なるほどと言って、コツを書いてくれたんですけど、
そこ(《藝舟雙舟》卷五·論書一·述書中)では基本的に五本の指を等しく用いて、筆管を支えなさいとか、
「五指疏布」というんですけど、
それで「実指虚掌」(虞世南《筆髄論》が初出)というんですけれども、
「実指」 指に力を入れなさい、
それで「虚掌」とは、虚ろな掌ですから、指の先に力を集めなさいとか言っているわけですね。
自分の手の一番先の筆が触れ合う場所が一番、
意識が集まる場所で大事な所なんですね!
あとの掌の方は、まあよくピアノでも手を卵型にするとか言いますけど、
指を動かすために掌に少し空間が出来るわけですよね(盧攜《臨池訣》「令掌心虛如握卵」)。
ここにこのにこの奥の所にここのところにということであります。
それで一番大事なポイントがありまして、
この筆の先がどう紙に触れているか、
もしくは書いてる表面に触れてるのか?
それが大事なんですよ!
自分が手を筆に接触している場所もすごく大事!
究極的に言えば、ここ(筆先、筆鋒)まで自分の手みたいにね。
要するに先ほど申し上げたみたいに、筆も自分の手と一体となるということなんです。
もう手の先、ここの一番先の書いている部分が、どう紙に触れてるのかをものすごく感じることなんですよね。
それが大事!ここで書くわけですから!本当に!
筆の先で書くわけですから!
これがもうすごく大事!
今まで言ってきたことは、それを実現するために、どう(筆を)持ったかいいかをやってきたんですよね。
そうするとその筆の一番長い、この真ん中の毛ですよね!
命毛と言いますけど、それでこの先のことを鋒と言いますけど、筆鋒と言いますけれども、
それはもう尖った先という意味ですよね。
そこが常に線の真ん中を通るように書くわけですよね。
こういう風に垂直になっていれば、そういう風に書けるわけなんですよ。
もし倒れていたら、これをイメージいただければ、
これを倒したら、こういう形で倒したら、 45度、30度、倒したら、筆の先は一番先の方に偏っちゃうんですね。
でもこれだったら等しく紙に圧力が筆圧が加わりますから、真ん中を通ることができる。
それで基本的に筆の先のいちばん長い毛とは、線を引けば自分が引いてるところから、一番長い毛は後ろ側についてくるんんですよね。
引きずるように、そういうことなんですよ!
だから大事なポイントがあって、それは中鋒という用筆!
真ん中を通る!線の真ん中を筆の一番長い毛が通るという意味です!
それが中鋒です!
真ん中の鋒だから、筆の先が真ん中だと言っているわけですから!
これを何回も言ったのは、本当にすごく大事なんですよ!
例えば、横の線を引くときには、
肘を右に張り出した方が、
つまり、筆の一番長い毛が自分の書いた線の後ろ側を通ってくるのであれば、
今、自分が書いている線と肘が、ちゃんと並行になってることですね。
それで肘を少し右に張り出して、
横画を書くときは、肘を右に動かすわけですよ! そうすれば中鋒は誰も出るわけですよ!
でも、まあ小さい字だったら、そんなに大きな問題ではないですよね。
少し大きな字になると、どんどん大きくなると、自分も体も大きく使わなきゃ書けないですね。
まあ、小さい字だったら、少し手の動きだけで書けますからね。
それでしかも、これもまあ小さい字だったら問題ないけれども、少し大きな字になると、
縦画を書くときには、手首を引き締めるんですよね。
(手首を)動かす。そうすれば筆の先がしなるから、
手前に手首を引き締めれば、筆管は自分より向こう側に少し倒れる。
かつ筆の先は少したわむ、ということで、
筆(の毛)をバネみたいに用いることができて、
縦画もものすごく強い線を引くことができるんですね。
それともう一つ、楷書とか、隷書になると、二画で入れるけれども、
篆書の場合は、丸いところがあるんですよね。回る線があるんですよね。丸みを帯びた線。
そういうところは、筆の一番長い毛は、常に線を引くときには、自分の 引いてるところより、後ろに付いてこなきゃいけないのであれば、
回る時は、少し手首をギュッと引き締めて、 線の回りに合わせて、一番長い毛が(後ろから)付いてくるということですよね。
だからそういった形で常に線を書くとき、線の真ん中を筆の先が通るように、どう書いたらいいかということを注意することなんですよ!
だから、それが筆の先に常に意識をすることなんですよね。
と見えてきたと思うんですけども。
そもそも、じゃあ、中鋒をどうやって為すんだと!?
それも昔の人が書いてくれてるんですね。
先ほどの包世臣《藝舟雙舟》(卷五·論書一·述書中)も書きましたけれども、
「逆入平出」、逆に筆を入れる!
つまり自分が線を引きたいとき、最初に紙に筆を入れるときは、少し今から、こちらに引きたいですよというとは、逆の方向に入れるわけですよ!
そうすると少し筆の毛はたわみますよね。
そうして逆に入れてから、行きたい方向に行くと、その瞬間に筆先がクルンとなるんですよね。
それで線を引き続けていけば、中鋒、真ん中に一番長い毛が付いてくるように入れる!
つまり、別の言い方をすれば、 筆を入れる時に上手く処理をできるということです!
本当に綺麗に!
基本的に線とは、一番、最初と最後がすごく大事なんですよ!
やっぱり最初にきれいにちゃんと中鋒で入ってくれれば、その真ん中はずっとそのまま行くから、
キープしたまま、ずーっとその意識がキープしたままいくから、
それで最後にまた終わるところで、紙から離れるところも大事なんですね。
最初が上手くきれいに決まれば、そのまま引いていけることなんですね。
だからよく先ほど言ったのは、逆に入って中鋒を為すというのは、「逆入」と言うんですけど、
「平出」というんですけど、 それでそのまま出ると!
(「反収」というんですけど、)少し止めて抜く場合もあるんですよね。
とにかく、その中鋒を為すためには、どうしたかということを昔の人はもうすごく大事に考えた!
そこから、一回入れば、真ん中のところずーっとキープできるというのは、「峻落反収」(包世臣《藝舟雙舟》卷五·論書一·答熙載九問)とか言いますけど、
気脈がずーっと貫いている!
最初に始まって、線が始まってから、その意識はずーっと引き継いだまま、最後の線まで引き継ぐということで、
そうすれば、気脈がずっと貫いているわけですよね。
自分のその意志がずっとちゃんと、「線を書いてます」という気持ちはずっと続いているわけですね。
それでものすごい強い線になるということでありました!
まあよくその線が強いことを強いという、遒勁(しゅうけい)とか言いますけれどもね。
これは遒(つよ)い、勁(つよ)いという漢字を二つ並べてますけど。
そういった形で、正しく筆を持って、正しく使えば、正しいことを正しくすれば、正しい線が正しく引けるということなんですよね。
そこなんです!
それで先ほども申し上げましたけども、
もうここ肘は、まあ、基本的に書くときには肘はつけない!
懸肘とか、懸腕とか言いますけど、
それで直筆、ちゃんと書く面に対して、(筆の管が)垂直に当たってる!
それで手首はきちっと定まっている!
それで先ほど申し上げた、撥鐙法でこの持ち方ですよね!
それで二本がけの雙鉤ということ(「雙鉤懸腕」と並んで称されます)!
そういうことを大体注意して守ると、本当に指の先に力がきちっと集まって、沈着な線が引けるんじゃないかと!
それでしかもきちっとした、じっくりした線が、本当に生き生きとして伸びやかな線も引ける! ということで、
それであとは、筆速とか、筆圧とか、その線を見たときに
どのくらいの筆速なのか、速さなのか、紙に対して圧がかかるのか、
そういうことを調整していけばいいんですよ!
だから、もうここまできちゃうと、もう殆ど実現している感じなんですけどね!
今は最初は執筆法、持ち方から始まって、少し用筆法、筆の用い方、使い方、
その逆勢と言いますけど、逆に自分が行きたい方向とは、逆に一回入れてから、自分の行きたい方向に進むという。
一回、逆に入れることで引っ掛ける!それで筆の毛がしなって、筆が動いていくに従って、進行方向に筆の毛が引きずられるわけです!
だから、基本的には静止摩擦係数があるから、止まっている状態から、動き出すところは、一番やっぱり抵抗はあるんです!
もう一回、線が動き出した、引き出した!
そうするとそのまま引き継いで動いていく!
また、止まる所も結構大事であったりしますということで、注意をしていけば、
筆の毛がきちっとまとまって、常に一番長い毛、筆の一番真ん中にある毛ですね!
命毛が真ん中を通るということ!
それで基本的に線を引いている間とは、
鋒(筆の先)が通過した点が 集まりによって線を書くということなんですね。
なんか(ユークリッド)幾何学になってしまったけど、
だけど一番大事な注意するポイントは入れたときと、
その意識がずっと継続しているかどうか!
線の真ん中が浮いちゃってないかが大事なんですね!
浮いちゃってるとやっぱりものすごく線が弱いんです!
そうすると、ああ!この人は、最初と最後は、すごい注意したけど、真ん中が浮いちゃってる!線を見ると、集中力がないなと感じるわけですよね!
集中力がある場合は、最後から最後まで、きちっと今、申し上げたように鋒(筆の先)が通過した点がずっと連なって線ができますから、
つまり、最初だけ、パンと強い、真ん中が浮いちゃっている!最後だけ強いじゃない!
(正しくは)ずっと点が連なって線になってるということ!
まあ、紙に筆が入れば、筆鋒が開きますから、
というのは、当たれば、筆が撓みますから、
小さい円が連なって、線が引かれるかれるということでありまして、
でも、自分の中で書く中では、本当にその先の一番真ん中の点ですよ!
円の中の中心!それが真ん中にあって、それがずっと連なっているそういうイメージで線を引くと、もうすごい強い線になるんじゃないかと!
というのは、筆先は紡錘系に膨れてますから、
だからこういう形の筆毛の弾力がありますから、 弾力性がある!
それが自然に生かされて、筆鋒の全部の面が、ちゃんと偏りなく、紙に(当たりまして、)
それは何故かというと、(筆が紙に)鉛直に立ってるから、
筆の全ての面が均一に自由に使えることができる!
逆に言えば 、均一であれば、少し指のバランスを変えれば、多彩な線になるんですね(劉熙載《藝概》「毎作一畫,必有中心,有外界,中心出於主鋒,外界出於副毫。鋒要始終。鋒要始中倶實,毫要上下左右皆齊」)!
最初からもう倒れちゃってたら、 もう倒れたままの線でむしろ逆に色んな多彩な線を引けないんですよ!
もう(倒れて)偏っているところから始まってるから!
だけど、真ん中から始まれば。それを少し筆管が倒れる事によって、
多彩な線を自分でコントロールできるわけですね!
だから大事!むしろこういったきちっとした真ん中を知れば、少し変化球もできるということ!
もうずれているところから始めちゃったら、変化はしようがない!
真ん中から行けば、変化ができるということで、
直に立ってるって事は大事なんです!
それで先ほど申し上げたように横画では、肘を右に張れば、それも実現できますし、
そういうときには、やっぱり少し筆管のやっぱり進行方向より、逆に線に平行に倒れるんですよ!
というのは、横に行けば、左横に倒れる!
縦で言えば、自分より筆管は向こう側に倒れる!
そうすれば、この筆の先やバネのようにしなるからということでありますけれども、
これで曲がるところでは、少し手首を引き締めることで線が絞れる!
すごい回るところも強いまま、ちゃんと一緒に来れる!
回る所で浮いちゃったりしたら、弱いわけであんまり線としてはよろしくないわけですね!
最後は最後まで線が強く引けるかどうかが大事なんですから!
という感じで、用筆、筆の使い方とは、線質、線の雰囲気、線の形にそのまま出てきますから、
もう本当にだからすごく大事ですね!
だからやっぱり基本的には、この中鋒でこれでいくんですけど!
それから逆に言えば、少し少し偏ることによって、側鋒とか言いますけど、少し偏ることもできる。
今言っていることは、筆の管とその先(鋒)と紙の触れ合いの問題ですよね!
きちっと線の真ん中を通っている場合が、中鋒、(そこから)少し偏ることもできるわけですね。
だから基本的には、そういった筆鋒と紙の角度、
もしくは管(と紙)の角度もあって、それはこれ自体の大きな全体の管の角度が、直筆というと、鉛直に入ってる。少し側筆というと、少し筆が倒れてるわけですね。
あんまりやりすぎると字を書けないしいけませんけれども、少し変わるわけですよね。
そういった形でできるということなんですけど、
ちなみに歴史的に言うとどうなのかと言いますと、
殷代の甲骨文が残っていますけれども、この時代には(甲骨文を刻する前の下書きなど)墨で書かれたものも残っているんですよ!
一番、最初は確かに、その逆筆で入ってから戻して書くようにはしていないんですよ。
そのまま筆が入ったら、それで線の真ん中が圧が加わるから膨らんで、終わりのところは少しずつ細くなって抜けるという、
そういう書き方は一番自然ですよね(邱振中《筆法與章法》は「擺動法」と命名しています)!
言ってみれば、当時の筆の毛は結構長かった!
だからもう普通に書く面に対して、筆が当たれば、筆の先は尖ってますから、細く始まって、それで圧が加わり、線を引いているという意識があるから、
それでまた抜けるときに、細くなって抜けていくという、
それが本当に一番確かに自然ですよ!
後の時代にも引き継がれて、戦国時代の楚簡とか、簡牘とか、帛書、絹に書いた!それとかあとは玉の上に書いた玉器とか、あとは載書もしくは盟書とも言いますけれども、石圭に書いたようなものでも、そういうふうに書いてた!
本当に入る瞬間は、もう自然に筆が触れあってから、細く入って、真ん中は少し太めで、細く抜けるように書いてましたね!
そうすると大体、弓なりの線になるんですよね!
人間の手の動きからすると、腕を支点に筆を動かしますから、
少し円の弧を描くようになっているんですよね!
面白いことに殷とか周の金文では、結構どっしりとした文字が厳粛にあるものは、
やっぱり起筆がすごく強いですよ!
そういう書き方もしてあった!
面白いことに二つの書き方が基本的にあって、
それでそれの方でずっと行くと泰山刻石、秦の小篆で書いたものがありますけど、起筆が丸くなってますね!
だからそこを逆筆にして引いたのかと、
つまり起筆は細く始まって、太くなって、また細く終わるじゃない!
きちっと丸く、玉筯篆とよく言うんですよね!
「玉筯」とは玉で造られた箸!だから、端っこから終わりまで、一方の線がピッと強いわけですね。
ずーっと同じ均一の太さでいくことであって(邱振中《筆法與章法》は「平動法」と命名しています)、その二つ(擺動法と平動法)があって、
それで面白いことに普通だったら一つ一つ起筆と終筆をずっとそう書いてたら、ものすごいめんどくさい!時間がかかるから!
先ほど申し上げた、普通に筆がパンと当たって、パンと筆が線を引くという書き方の方が、日常的には多かった!
だけれども、面白いことに、隷書の中では、そういった日常にバンバンて書きたいのと、
やっぱりある程度きちっと書きたいという、このせめぎ合いがありまして、
面白いことにその二つの筆法(擺動法と平動法)が合流していくんですよね。
つまりハイブリッドになっちゃう!
入りの所はやっぱり強くなって、それで真ん中のところが、グーって線を引いていて、そこがすごい気持ちよくススッと引いていて、それで終わりのところをちょっと気をつける。
だからそれは楷書でよく起筆があって、送筆があって、終筆があるという、
そういった(多くの字を同じような調子で書くために生まれてきた三過折)中に両方が吸収された!
つまり、まあ最初と最後は大事、だから少し気をつけようということになって、
これで真ん中の気持ちよく線を引く、
あんまりそこを(初めから終わりまで)ゆっくり圧で引いていこうなんて書いていたら、ものすごい時間かかっちゃうから、一画を書くのにそんなに時間をかけていたら、仕事にならないから(笑)
ということで、両方ある程度、妥協をしながら、
それは筆圧を加えながら、速く走れば、結構、早く書いたとしても、 ある程度の太さは出ますから、
そういった形で謹厳に書こういうこと、もうラフに書こうということ、
時と場合によって、昔の人もそうやって使い分けていてはいたんですけどね!(蘇軾《論書》「永禪師書,骨氣深穩,體並眾妙,精能之至,反造疏淡。」)
こんな感じはありますけど、
実は王羲之にしても、その先ほど、私は中鋒だ、筆管が鉛直だと、真ん中だ偏っちゃダメだというようなトーンで話して来ましたけど、
実は逆に裏返して考えれば、きちっと真ん中を通って、真っ直ぐ筆管があるからこそ、少し筆を倒すこともできたわけですね!
だから王羲之はすごい少し筆を入れた瞬間は露鋒というんですけれども、
筆の先がパンと当たるぐらいの感じになって、
さっき言った(書き方)みたいに蔵鋒とは、逆に入って(戻して)引っ張って書いていくという方法は、
それは逆にいえば、筆の先(鋒)は線の端っこには出てこないんですね!
だから蔵(かく)れる鋒と書くんですよね。
筆の端っこが、線の端っこに見えるのは、普通にパンと当てて、そのまま書けば、筆先が出た所から始まると申しあげました。
それを結構、王羲之は入れた瞬間にパーンと筆の先が当たっているんですよ!
でも、面白いことに書いてる線の中は強く引きたいから、
瞬間的にパンと中鋒にしちゃうんです!
つまり、偏って入って、紙に入ったのに瞬間的に真ん中にしちゃうという、
それで筆の真ん中!だから、彼はどんどんいっぱい草書を書いたときに、早く書きたいから、一つ一つ起筆をこうやってとやってたら面倒くさいから、
だからすごい瞬間的パンと当たった瞬間にキュッと中鋒にしちゃうわけですよ!
そういう線が多い!
そうすればすごく速く書けるし、美しい線が引けるという、
やっぱり簡牘の時代、その竹簡と木簡に書いてた時代から、丁度紙に移行するときだったから、
竹簡とか、木簡に書くときは、起筆をしっかり入れないと、(関東の表面の)抵抗に負けちゃうんですよね!書けない!線が引けない!
だから入る瞬間が、一番抵抗がかかるから、そこをぐっと入れて、逆筆と言って、逆に入ってから、行きたい方向に行ったけれども、
ちょうど王羲之の時代は、本当に過渡期だったから、偏って入ってから、真ん中に線を引きながら、真ん中に行っちゃうことにより、
線の強さプラス、少し偏って入れた方が、線自体が幅が大きくなるんですね!
中鋒で入ってると、やはりある程度、線は強く引けるけど、
半面、線の太さが一律になっちゃうから、線の太さのバリエーションの変化はできにくい!
だから、王羲之はそこのところを少し側鋒を入れることによって、線のバリエーションを加えていたということなんですよ!
だから王羲之(の書)は線が強くかつ伸びがあるような線になっている!過渡期だった!
だから、彼自身は、直筆、正峰、真っ直ぐに筆を立て、真ん中にもう片寄らないで線が引かれる書き方をしていたけれども、
少し倒したりすれば、側筆とか、偏鋒と言いますけど、
そういった少し偏った線も混じっているということで、
でも大方はやっぱり中鋒ですけど、でないとやっぱり側筆が多くなっちゃうと、 筆が倒れてるわけでしょ!
そうすると筆の腹で書くことになっちゃって、筆法の筆の一番先の命毛で書くようにならないわけですね。
もう刷毛みたい筆が使われちゃうんですね。
そうすると(筆鋒の先から圧が紙に垂直にかからず、刷毛のように大きな面で紙の面に触れるため、)力が分散して、弱い線なっちゃう!太いけど弱い線になっちゃう!
だから基本的には、筆は紡錘形がバネのように用いられて、
紙に筆の先が食い込む!
それで線がグッと引けて、その深みのある線が引けて、沈着な線であって、かつ伸びやかというか、
気韻が生動しなきゃいけない(筆線が生き生きとしている)ということ、
線の端から端まで、線が強い線を引くことが大事だということ!
もう力説しておりましたけど、
それはやっぱり基本的には大事なんですよね!
だから、それが線の美しさだし、原則で真ん中にある、偏らない、真ん中だからこそ、少し筆管が倒れたり、もう本当にそれは微妙なんですよ!
だから後の人が、王羲之を臨書しようとすると、
元々筆管が倒れた状態から書こうとするから、もっともっと弱い線になっちゃう!
だから、やっぱり当時のその人の簡牘から紙に移行するというところはすごい大事で、
昔の人は紙はある程度、沁みるから書けるけれども、
簡牘、木簡とか、竹簡とか、簡牘の表面に書くときには、
筆力がかなり強くないと負けちゃうんですよね!
その素材に対して沁みてくれない!ということで、(簡牘に書かれた篆隷の筆法は大切でして、)
本当に直筆、それが大事で正鋒、中鋒、偏りがないからこそ、偏れるということ、
傾いてないからこそ、傾けられるという、そういうところなんですね。
その傾けるとは、もっと具体的に言えば、 先ほど親指を「擫」と言いましたよね!これ「擫」、親指ですけれども、
よく言われるのが、王羲之の書でも偏るにしても、親指にグッとここに力が入ると、
基本的にはこの筆鋒(筆の先)が自分の手前に寄る!
それで筆管。この上の管の上は自分より左上の方向に倒れるわけですね。
それだとやっぱり強い!
筆管が倒れたとしても、強い線を引くように倒れる場合と(弱い線を引くように取れる場合、)良い倒れ方と悪い倒れ方があるんですよ!
じゃあ、その良い倒れ方とは、手首にギュッと少し力をいれば、親指に力が入って、少し筆管(の下部)を自分の手前に手繰り寄せることができますから、
そういった形にすると、かなり強い戦で太い線が出るんですよ!
特に起筆でグッと食い込んで、
食い込みながら、筆管が倒れても、ちゃんと強さはキープできる。管の倒れ方になるんです!
そうすると、すごいやっぱりよく王羲之が、その艶やかさも出るし、
筆の先にこの先がすごい自分の手の延長線と感じることが大事だとお話しましたけど、
筆の先に自分の手の細かな動きが伝わるんですね!
鋒に筆の先にこの手の細かな動きが伝わって、それで自分の意志が筆鋒に伝わる!
もう筆意と言いますけど、自分の意思が、意が内に秘められたしなやかな線になるんですね!
でも、逆に言えば、悪い倒れ方、悪いと言っても、こういう表現もあるんですね。
それがちゃんと中鋒と鉛直にちゃんと線を引ける人がやれば、ちゃんとした表現になりますけれども、
外拓とは、「外に拓く」と書くんですけど、
先ほどの内擫は内、内側に親指(擫)、それで筆鋒が自分の方にちょっと寄るからじゃないですか!
内というのは!
逆に言えば、外というのは、それと逆の方なんですよ!
自分の方(右手前)に筆管(の上部)が倒れてくれば、逆に言えば自分の手(で筆を持っている場所)が支点ですから、筆鋒は向こう側に行きますね!
そうすると基本的に普通に何も考えないで、筆を持つと、
筆鋒、筆の先は、特に横画で線の上側を通るといいましたね!
縦画では、線の左側を(筆鋒が)通ってしまいますよね! という風に(画の線の中で筆の先が通るところが)偏っちゃうわけですね!
それを外拓というんですけど、それは先ほどの内擫とは逆です!「外に拓く」と書きますけれども(王羲之《樂毅論》、鄭道昭《鄭文公下碑》、歐陽詢《九成宮醴泉銘》、虞世南《孔子廟堂碑》、褚遂良《雁塔聖教序》、顔真卿《顔勤禮碑》の「開」字の縦画で内擫 、中行、外拓の線が見られます)!
そうするとやっぱり筆の先が、紙に対しての圧が低い、それとあとは形ばっかりが大きくなっちゃって、
字の締まりがなくなっちゃうということもあるんですね。
その結構と言いますけど、文字の形自身も締まりもなくなっちゃう。
むしろ逆に先ほど言ったようにそれとは逆の内擫の方で行けば、字はものすごく引き締まるんですよ!
(字形が)すごく安定する!
だから、その外拓にすると、大体、少しはあっても面白いんですよ!
本当に全部、中鋒、内擫だけダメでして、王羲之にも微妙にはあるんです。
だけれども、それが多用されちゃって、それがもう基本的な筆の管、筆管の位置になっちゃうと、
もうみんな同じ線ばかりになっちゃうんですよ!
つまり、倒れたところから始まっちゃってるから、もう倒しようがないし、戻しようがないという感じなっちゃって、
(筆鋒が利かない、刷毛のように書かれてしまうため、)線が浮いちゃってたり、筆力が弱いということに見えちゃうことはありますから、
そういった形ですから、やっぱり王羲之も、篆隷と言いましたけど、篆書と隷書を書くときに適した、
もう筆管がほぼ紙面に鉛直!垂直に保つ!直筆を基本として、
それで正鋒とか、中鋒、きちっと鋒が真ん中を通る!
それで王羲之の時代は、単鉤法であったかもしれないし、今この手の持ち方(雙鉤法)は、宋代に確立したけれども、
王羲之の時代は、多分二本で持っていたと思います(顧愷之《女史箴圖》においても描かれています)!
でも、ちゃんと、中鋒と垂直な関係は保っていたであろうということは、書かれた線を見れば分かるんですよね!
それでこういう持ち方は歴史的にどんどんどんどん発展してゆく中で、もっともっとそれをやりやすい方法ということでより進化してきたわけですけれども、
だからそういった形で見ていくと、 王羲之はそういった真ん中のプリンシパル(本質的)な部分から、少し側筆とか、偏鋒といいまして、偏る、側鋒もそうです。
少し指法というんですけど、指を、指の関係をバランスを変えることによって、少し筆管、筆の軸が倒れるわけですから、
それで線が多彩になるわけですよね!少しね!本当に微妙なとこなんですよ!
それでないと筆が点折、曲がるところが不自然になっちゃう!
やっぱり自然の変化が大事!そういった筆が多くの面が生かされるようにするためには、そう書いてたということで、
やっぱり筆鋒で紙をよく切り裂くように書く「錐画沙」 と言いますけど、やっぱり真ん中の一番この鋒が大事だと(褚遂良《論書》「用筆當如錐畫沙」)!
紙との触れ合い!そのところをすごく重視して、本当に揺るぎない温かみのある線を引きたいということなんですよね!
それで筆法とその線質は、ものすごい関係することを今お話しして伝わってきたと思うんですけども。
今、私申し上げたみたいに、特に内擫と話しましたけど、
その字形、字の形とか、字の構成の仕方、結構と言いますけど、字の構造はすごく関連している!
何故かといったら、線の引き方によって、自然に書の歴史を見れば、
篆書から隷書に行って、隷書から楷書に行ったのは、人間が手で書いて行ったとき、一番書きやすい自然な字形に収束していったんですよ!
だけれども、今の人たちは、逆から見るんですよ!もう完成された書体を見て、それをそう書かなきゃいけないみたいして、それをお手本として、皆書くわけですよね!
でも、見方は逆なんです!むしろ筆の持ち方、用い方がきちんとしていれば、それに適ったように字形が変化してきた!
歴史的に見れば、それが一番合理的ですから、本当にもう自然にその筆を使い続けたら、こういう書体に変化していった、変遷していったわけですから、
だから、ちゃんとした筆の持ち方、用い方をすれば、本当に字形もきれいに鳴るということなんですよ!
筆管が倒れて内擫だと、紙の面に食い込みますから、
内側に引き締まるから、線が沈み込んで、字形はやっぱりちょっと左に傾くんですよね!
筆の先が紙の面に刻みつけるような感覚と言いましたね。
ずっとその円が続いているように、そうすると自然に腕の重さがちょっと筆の重さが、この先にかかって、
筆管が紙に立ってるから、 圧がここすごいんですよ!
もう点にかかってくる!そういった形で筆鋒が紙に沈み込んでるという面白いことになってくるんですね。
だから、最後は墨が紙の裏まで達したすごい強い線になってきてる!
だから、筆法が正しいと筆力がすごい強い線が引ける!
そうすると、最終的に言えば、その線がすごい自然で高尚な品格が出てくるということで、
名品に使われている、そのすごい綺麗な澄んだ線は、そういった筆と紙に応じた微妙な筆管の角度とか、筆速とか、筆圧、筆の傾き、筆の速さ、紙に対する強さですよね!
それの微妙な変化が生まれていくと!だから真ん中のところを知れば、色んな変化、色んな線も出せるということで面白いんじゃないか!
だから、やはり書体や書風の特徴は、こういったずっとお話ししてきた執筆法、筆の持ち方、もう一つは、用筆法、筆の用い方!
それらにやっぱり還元されるんですね!
最終的に言えば、王羲之がやっぱり晩年に到達した筆法とは、
中鋒、真っ直ぐの所から、ちょっと微妙に傾きがあることによって、表現がものすごい多様になった!多彩になった!
それで自分の表現したいように自由に組み立てることができたということで、
そこに沢山の個性が入り込む余地が大きく生まれてきて、(書の表現が深まり、広がり、)すごい強い意志が線の中に見える!
それでしかも飄々とした感じと強い強靭な感じが、筆線の中に内包されているからこそ、すごいんですよ!
両方相反する感覚がちょうどマッチしているという、
すごい両方の強靭さと優雅さという、強さと柔らかさ、それらが本当にマッチしてるっていうことで、
すごいですね!
ちょうどそれはやっぱり、簡牘の時代から、紙に移行する丁度のときだったということで面白いですけれども。
まあ、再現性が高いように、今回できるだけ、図とおしゃべりでその通りに従えばできるじゃないかなということと、
注目するポイントをその上でずっと話してきて、
結構同じ事を何回も申し上げたのは、すごく大事なところでして、もう熱を込めて言ってしまったかもしれませんけれども。
この中で見てた時に、こんなものがあるんですよ!
この鄧散木が《篆刻學》の下編で書いた!これらを今ここに書いてあることを、全部私はおしゃべりしたんですけど、
ここに書いてあるのが、 印を作る時には、篆書が主なわけだから、
もう印を刻するには、それを学ぶとき、篆書を先ず書けなきゃいけないと言って、
それでその篆刻を書くためには、
そもそも執筆、筆の持ち方が、それこそが筆の用い方の初めだろうということで、
私がずっと今はこれに沿って話してきたんですよね。
これでその中で執筆、筆の持ち方が分からなかったら、
それは即ち、筆の使い方、動かし方が分からないだろうと、
いうことが書いてあって、面白いですけれどもね。
それで基本的には、筆を持つときには、五本の指がちゃんと使えるような形が、正しい筆法だということがいろいろと書いてあるんですよね。
それで私が言ってきたことが、全部ここに説明で全て書いてあるんですよね。
少し、鄧散木が使った五字(擫、壓、鉤、格、抵)と唐の時代の陸希聲が使った五字(擫、押、鉤、貼、輔)がちょっと違うけど、
両方とも殆ど意味は同じですから、説明しましたけれども、
そういった形でこの図を紹介してきたんですね。
真っ直ぐから見た時(正視)と横から見た図(側視)を大きく出しておりましたけれども。
それで私が話していった、真ん中がすごい大事じゃないかということですけれども、ここに書いてあるんですね!
昔の人がその書を書くときは、為すときは、大体「撥鐙法」を用いて、
だから無駄な力が入らないからこそ、筆力がもうずーっと一遍を通して、最初から最後まで同じだと、
つまり、疲れないで書けるということなんですよ。一番合理的だから!
筆の先を安定させるために筋肉を使わないで済むから、
だから、この方法が一番で合理的だということを説明してくれることでして、
そういったことで細かいこと、私が今話してきたことですから、
まあ、面白いところだけ、パッと見てますけど、
それで次のページに行きますね。
この中で面白いことが、ここのところが筆のその腕の使い方を話しましたけれども、
ここが一番大事な事がと書いてありますね!
一番が重要なこととは、筆鋒、筆の一番先が「必ず須く」「必須」、真ん中を通ることですよね!
筆の一番先が、画の真ん中、画は線ですね!線の真ん中を通る! 線の真ん中を通ることです!ということを言っておりますけれども。
それでここですね!偏ってはいけないということですね!
「不偏不側」で「不」「不」、「偏」も「側」も偏ると先ほど言ってきました。
これは偏鋒とか、あとは側筆とか、側鋒とか、それはだめだと、基本的に中鋒だと言ってますね!
中鋒の筆法ですと! 所謂ということ、それだということ言ってるわけですね!
だからすごく大事だということを話しました!
それであったり、ここで見ますと、まあここは今のところで線のところで詳しくバババと説明してくれるんですけど、
ここで昔の人たちは、昔の賢い人たちが、この書を書いたときにおいて、
その書かれた書を太陽にかざしてみると、基本的に画の真ん中が一番濃い、墨の線があるそういうことがあって、
それはどういうことかと言ったら、今言ったことですよね!
その中鋒で真ん中のところ、筆の先がずっと通ってるから、日光にかざすと、真ん中がきちっと強い線ずっと一本線が通っていて、その周りというのは、(紙に墨が)沁みていったんですよね。
真ん中からクロマトグラフィーみたいに少し墨が染みていく左右にそれで線ができている!
真ん中のところの鋒の先から、紙に墨が供給されて、
そこから右左に染みていくことによって、線が構成されている!
それが円がずっと続いて(画ができて)いくということは、そういうことでして、
中心線のところがずっと円の中心があって、それがズッと動いていくことによって、
つまり、その円というのは墨の沁み方ですよね。
墨が点で供給されてじゃら、それの回りに円に染みていきますからということで、
そういった風に書いてるから、そういう風に見えるんだということまで主張してて、
だから基本的には、その紙の真ん中が一番、強い線が通っているということが大事でして、
例えば、宋代の沈括という人は、《夢渓筆談·書畫》(夢想礎石と混同して言い間違えてしまいました)という中に書いている(「江南徐鉉善小篆,映日視之。畫之中心,有一縷濃墨,正當其中;至於屈折處,亦當中,無有偏側處。乃筆鋒直下不倒側,故鋒常在畫中,此用筆之法也。」)。
当時、篆書のものすごい名手がいて、徐鉉という人で《説文解字》を校訂した人なんですけど、
その人が書いた篆書はやっぱり筆鋒 が筆線の真ん中を通っているから、
一縷の濃い線が、引かれた線の真ん中を通っていて見えたということも書いていたりして、
ここに書いてあることと同じことが書いてあるんですけれども。
そう言ったことで中鋒がものすごく大事だと!
ということがすごく書いてあって、
「中鋒」が結構いっぱい出て来るんですよね!
いっぱい出て来る!大事だと言っている(笑)
ということでありますけれども、と言ったことでこういった話をずっと続けておりましたけれども、
最後にちょっとオマケとして、この顧愷之という人が、この人は、王羲之と同時代の人で、ものすごく有名な画家ですけれども、
もう《女史箴図》(にょししんず)という有名な筆を持った絵がありましてね。
それでこれちょっと見にくいから、宋の時代、今から1000年くらい前に摹本、写したものが残っていて、
その中で結構こう描いてあって、
これを見ると、私がさっき言った単鉤法ですね。
それでしかも二指単鉤法と言いましたけど、 二本の指で筆を掴んで書いてるような形に見えるんですね。
だから、王羲之の時代の筆法に近いんじゃないかと考えられます。
だけれども、唐の時代の中に三本なったり、更にその後の時代になると、雙鉤法になって、
先ほどお話したような筆法になったけれども、
基本的には、こういった筆の持ち方をより筆管が安定する方向に進んでたということで、大きくは違わないんですよね。
そこから私が筆の持ち方を説明した時に、親指を先ず説明して、人差指を説明して、中指を説明しましたけども、
その親指と人差指のところまでだったのは、当時だったったという、
そこにまた中指がかかってくるのが唐くらいで、
それで宋ぐらいになると、二本がけが当たり前になって(でも一本がけも多く併存して)、
更に薬指、小指が添えられて、より安定したという感じで、
筆と紙の距離が当たりやすいように、自分の左手の方で調整できたから、その紙の傾きをということもあるんですけどね。
それと机の上に置いて書いたとは別の問題だから、ということで、
その後は机の上に紙を置いて、細かい字を書くようになったということで、より精度を高くして細かい字を書くため、筆管を安定させるためにそういう風になったと、
王羲之はこういう書き方(二指単鉤法)をしていた可能性は高いんじゃないかなと、
というのは、王羲之の尺牘を見ると、紙はまあ大体一枚の紙なんですよね!
まあ少し長いのもありますけども、
そうすると紙を持って書いていたということも、結構可能だと考えられるということで、
まあこういった形で王羲之の生きていた時代に近い、顧愷之さんの図の中にも、筆の持ち方が分かるような貴重な資料があったということで、戻ってみます。
もう、まとめてしまいますと、やっぱり筆法がやっぱり大事!
その中には、執筆法、用筆法、筆の持ち方、筆の使い方が大事!
それでその中で筆線、線を美しく書くためには、どうしたらいいかと言ったら、
この先を常に意識しながら、もうこの持ち方をしたとき、筆と自分の手が一体化しているみたいな!
それで筆先がもうここが自分の手で触れたのと同じように感じながら書くということなんですよね。
ここで(筆が)紙と接触して書きますから!
という感じで書くことができれば、
やっぱり筆の持ち方をある程度、お話してから、字の形に注目して行っちゃうけれども、
逆転の発想でして、ちゃんとした筆の持ち方をすれば、字形が字間がきちっと開いて、作品全体が気品とで魅力を湛えたものになるんじゃないかと、
それでその用筆、筆を用い方でも、一番自然に無理なく書けるようにするためには、
こういった執筆、筆の持ち方も、ずっと時間かけて、自然に書きやすいやり方というのを得てきて、伝わってきてますし、
それで書体自体も長い時間をかけて生まれてきましたし、
そういった基本の筆法が、やっぱりちょっと変形しただけでも、全部の書体が書けるというのは、
基本的に漢字がずっと書き続けてきて、書体は変わってるけど、
その筆の持ち方や筆の構造も、もう驚いちゃうことに戦国時代に楚のお墓から出てきた筆(包山筆)と今使っている筆の構造は、殆ど変わりませんから、
でも先ほど申し上げてたみたいにちょっと筆の先の毛の長さは長いんですよね。
もう一つ言っておくと面白いことが、
秦代の簡牘、戦国時代のものと秦代の簡牘(を比較してみると)、やっぱり秦とか漢くらいになると、少し筆の先が短くなるんですよ!
そうすると逆筆とか先ほどお話した逆に入ってから行きやすくなりまして、(文字が早く安定して書けるようになりまして、)
よく筆を発明した人は、秦の蒙恬という将軍じゃないかという話が伝わってますけど、 歴史書の中で書いてあるけど(《太平御覽》引《博物志》「蒙恬造筆」)、
彼がやったのは筆を発明したというか、そういったその筆先の鋒の長さを調整したりして改良したんじゃないかなと言われていることがありまして、
そこからやっぱり書き方が変わってきたりして、
そういった形で筆の持ち方や使い方が正しければ、書く線とか字の姿が美しくなるということで、
作為をやっぱり表現として用いない方がいいわけですよ。
本当に自然な卒意と言いますが、自然体に書けた方が魅力的に書くことができる。
ああやったなという風に見えない!
見た人が気持ち良いということでして、
ここに《篆刻學》とありますけど、印を作るときは、結構、印稿などをじっくり考えてから、刀で何回も(行き来して)刻しますけど、
書は一回だけで筆が通り過ぎて書かれますから、
だから少しでも傾いたり、何とかとか、少しでもそれを戻したりとか、
そういった全体に調和をとるのは、もう自然な流れの中で一回限りですから、一回しかその線は引けないから、
ものすごい大事なことで作為に対して卒意と言いますけど、
意を卒するだから、もう自分はこうしたい、ああしたいというよりも、
自然な中での調和のバランスで書きながら、整えてゆくと、
それで結果として、全体として、見事な効果になることが面白い!
一回しかない勝負だからということでありましたけど!(人生も一回しかありませんね。(笑))
だからこそ、きちっとした筆の持ち方をすると、すごい良くなるんじゃないかなと思って、
こういった研究をわたくしはしておりまして、
ちょっとそういうのも、ずーっと動画作ってみたかったなと思ってたんですよという形で、
今回こういったことを話してまいりましたけれども、
結構長くなっちゃってすみませんけれども、
お付き合い下さいまして、ありがとうございました。
もう本当に筆の使い方、ものすごい熱を込めて語ってしまいました!
ありがとうございました!
今後ともKF-Schola(ユニークの研究をユニークに探究) を、何とぞよろしくお願い致します。失礼致します。