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現代音楽とフリージャズ

セシル・テイラーの訃報に接して、現代音楽やフリージャズについて思い付くままメモしておきました。昔から数理論理学や理論物理学、現代哲学や構造主義に関心があり、現代音楽と根底で関連性を感じてきました。前回はバロック音楽のリュート音楽や舞曲を集大成したヴァイス(Sylvius Leopold Weiss, 1687-1750)の前奏曲つき組曲でしたから、現代音楽への端緒を開いたシェーンベルクの前奏曲つき組曲から、セシル・テイラーのフリージャズまで、作曲技法のシステム化についてです。

音楽は中世から哲学(論理学や韻律学)と深く関係してきました。「12世紀ルネサンス」で古代ギリシア哲学や中世イスラム哲学が移入され、フランスのレオニヌス(Leoninus, c.1150-1201)が活躍したノートルダム楽派により、特にペロティヌス(Perotinus, c.1160-c.1225)が、ギリシアの韻律を援用して、モード記譜法に還元して、高度に論理的・抽象的に還元した基本リズムから作曲を実行して、《オルガヌム大全(Magnus liber organi)》を集成して、ミニマル音楽の創始者となりました。

新ウィーン楽派(Neue Wiener Schule)のシェーンベルク(Arnold Schönberg, 1874-1951)・ベルク(Alban Berg, 1885-1935)・ヴェーベルン(Anton Webern, 1883-1945)らの音列の操作で作曲を実行する発想は、ルネサンス期の対位法における旋律の操作に根源を発しており、クルシェネク(Ernst Křenek, 1900-1991)はオケゲム(Johannes Ockeghem, c.1410-1497)を研究しましたが、当時のウィーンで研究された数学や哲学、論理学や物理学との関係も感じられます。

ウィーンのヒルベルト(David Hilbert, 1862-1943)が数理論理学で形式化した計画があり、ゲーデル(Kurt Gödel, 1906-1978)の不完全性定理により修正を余儀なくされましたが、哲学にも影響してウィトゲンシュタイン(Ludwig Wittgenstein, 1889-1951)の《論理哲学論考(Tractatus Logico-philosophicus)》が生まれたり、人類の知識を少ない前提から構築して集成する挑戦から、音楽を基本の操作に還元して、作曲というより導出するという発想をなす気運がありました。

また、フランスでは1939年からニコラ・ブルバキ(Nicolas Bourbaki)が《数学原論(Éléments de mathématique)》を刊行して、数学のあらゆる定理を定義と公理から証明により導出する厳格な発想を示し、構造主義(structuralisme)という潮流を生み、物事を構造で理解する方法(méthodologie)として、レヴィ=ストロース(Claude Lévi-Strauss, 1908-2009)が文化人類学、ミシェル・フーコー(Michel Foucault, 1926-1984)が社会人類学の研究に適用して応用しました。

特に数学者のアンドレ・ヴェイユ(André Weil, 1906-1998)の代数幾何学、グロタンディーク(Alexander Grothendieck, 1928-2014)の可換環における概型(scheme)により、数論の幾何学化して拡張されたことは、シェーンベルクの十二音技法(Zwölftonmusik)が音高の操作から、メシアンのセリエル音楽(musique sérielle)を経由して、ブーレーズやシュトックハウゼンに到り、音価・強弱・アタック・空間まで徹底して、音列主義(Serialismus)に拡張されたことに対応しています。

シェーンベルク(Arnold Schönberg, 1874-1951)は大バッハの〈平均律クラヴィーア曲集 第1番 第24番 四声フーガ ロ短調〉(1722年・BWV 869,2)が十二音列に近い主題を持つなどを手がかりに十二音技法(Zwölftonmusik)を着想しました。また、〈組曲(Suite für Klavier)〉(1921年・Opus 25)は十二音列(E–F–G–Des–Ges–Ees–Aes–D–H–C–A–B)で構成され、BACH音型を逆転しました。ウェーベルンもBACH主題を〈弦楽四重奏曲〉(1937-38年・Opus 28)で用いました。

メシアン(Olivier Messiaen, 1908-1992)の《4つのリズム練習曲(Quatre Études de rythme)》の第2曲〈音価と強度のモード(Mode de valeurs et d'intensités)〉(1949年)で総音列技法(série intégrale)に接近して、音高・音価・強弱・アタックを音列技法で処理しようと試みましたが、音価にむらがあり、音列が旋法ぽく処理されてしまい、ブーレーズ(Pierre Boulez, 1925-2016)やシュトックハウゼン(Karlheinz Stockhausen, 1928-2007)が厳格にして完成させました。

マイルス・デイヴィス(Miles Davis, 1926-1991)のモードジャズはジョージ・ラッセル(George Russell, 1923-2009)の《リディア半音階による音組織(Lydian Chromatic Concept of Tonal Organization)》(1953年)、コルトレーン(John Coltrane, 1926-1967)の再和声化(reharmonization)はスロニムスキー(Nicolas Slonimsky, 1894-1995)の《音階と旋律の型のシソーラス(Thesaurus of Scales and Melodic Patterns)》(1947年)などをアイディアの基礎としました。

バルトーク(Bartók Béla, 1881-1945)の打楽器的ピアノや中心軸(Axis system)、ストラヴィンスキー(Igor Stravinsky, 1882-1971)の複調(polytonality)や変拍子(polymetre)、シュトックハウゼンの音列主義は、セシル・テイラーの即興演奏や楽曲構成に影響を与えました。また、ルーウィン(David Lewin, 1933–2003)による三和音変形(triad transformations)、バビット(Milton Babbitt, 1916-2011)によるピッチクラス(pitch class)も構造主義に似た音楽理論です。

セシル・テイラーにも《基本単位(Unit Structures)》(1966年・Blue Note BLP-4237)という構造主義を思わせるアルバムがあるのは面白いです。特に西洋音楽は中世から今日まで論理構造が手堅くて、理性と感性の調和が大きなテーマですね。音楽の歴史を体験すると、音に対する感覚が研ぎ澄まされ、観点が増え養われ、他の分野、特に哲学や美術などを知ることにより、時代や地域に特有な思考のスタイルが感じられ、音楽のテイストを汲みやすくなると感じられる今日この頃です。

今回もお付き合い下さり、ありがとうございました。皆さまもお元気に楽しくお過ごし下さい。

フリージャズの音楽家
アルト・サックス:エリック・ドルフィ(Eric Dolphy, 1928-1964)、オーネット・コールマン(Ornette Coleman, 1930-2015)、マリオン・ブラウン(Marion Brown, 1931-2010)、ジミー・リオンス(Jimmy Lyons, 1931-1986)、アルバート・アイラー(Albert Ayler, 1936-1970)
テナー・サックス:ジョン・コルトレーン(John Coltrane, 1926-1967)、ジョセッピ・ローガン(Giuseppi Logan, 1935-)、ローランド・カーク(Roland Kirk, 1935-1977)、アーチー・シェップ(Archie Shepp, 1937-)、ファラオ・サンダース(Pharoah Sanders, 1940-)
トランペット:ドン・チェリー(Don Cherry, 1936-1995)、クリフォード・ソントン(Clifford Thornton, 1936-1989)
ベース:チャールズ・ミンガス(Charles Mingus, 1922-1979)、チャーリー・ヘイデン(Charlie Haden, 1937-2014)
ピアノ:サン・ラ(Sun Ra, 1914-1993)、セシル・テイラー(Cecil Taylor, 1929-2018)など

ペロティヌス(Perotinus, c.1160-c.1225)の四声オルガヌム〈地上のすべての国々は(Viderunt omnes)〉(1198年)

大バッハの〈平均律クラヴィーア曲集 第1番 第24番 四声フーガ ロ短調〉(1722年・BWV 869,2)

シェーンベルク(Arnold Schönberg, 1874-1951)の〈組曲8Suite für Klavier)〉(1921年・Opus 25)

メシアン(Olivier Messiaen, 1908-1992)の《4つのリズム練習曲(Quatre Études de rythme)》の第2曲〈音価と強度のモード(Mode de valeurs et d'intensités)〉(1949年)

リゲティ(György Ligeti, 1923-2006)のPassacaglia Ungherese(1978年)

シュトックハウゼン(Karlheinz Stockhausen, 1928-2007)のKlavierstücke(1961年)

ジョン・コルトレーン(John Coltrane, 1926-1967)のBlues for Elvin(1960年・Coltrane Plays the Blues・Atlantic 1382)

ローランド・カーク(Roland Kirk, 1935-1977)のBlues For Alice(1961年・We Free Kings・Mercury ‎SR-60679)

オーネット・コールマン(Ornette Coleman, 1930-2015)とチャーリー・ヘイデン(Charlie Haden, 1937-2014)のBlues Connotation(1960年・This Is Our Music・Atlantic SD-1353)

アルバート・アイラー(Albert Ayler, 1936-1970)の[Blues](1964 年・Holy Ghost・Revenant RVN 213)

セシル・テイラー(Cecil Taylor, 1929-)のCharge'em Blues(1956年・Jazz Advance・Transition TRLP-19)

セシル・テイラー(Cecil Taylor, 1929-)のUnit Structures(1966年・Blue Note BLP-4237)

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