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モーツァルトがライプツィヒでバッハを偲んだ小さなジーク ト長調 Mozart Eine kleine Gigue G-Dur, KV 574

モーツァルトがライプツィヒでバッハを偲んだ小さなジーク ト長調 Mozart Eine kleine Gigue G-Dur, KV 574(1789年5月16日)についてお話ししました。

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2021年3月2日

皆さまこんにちは!今日はこちらのモーツァルトがまた出ましたけれども、今までやってきたモーツァルトの作品ということでね。そのモーツァルトらしい作品だと思っていても、実はかなりシンプルに見えて、色んなことをやっていたりしてですね。

もうモーツァルトというのは、そんな皆が思ってる以上にシンプルで簡単な作曲家れじゃないんだよという、色んな様々なことが曲の中で起きてて、それが実は顕在化してないというか、潜在的起きてるもの、それが見えないところで起きているから、本当はモーツァルトの音楽というのは、すごいんだと!

だから無意識のうちに持ち出したにも、すごい印象を与えるということを、まあ見えてくれたんじゃないかなと思ってるんですけどね。

今回もじゃあ何をやろうかなと思うときに一つモーツァルトらしくない曲をやってみようと思って、それでなかなか面白いのが、私はもうこのリリー・クラウスがなかなか好きで、本当にモーツァルトの作品を美しく、もうエレガントに弾くんですけども。

このリリー・クラウスはモーツァルトを弾くために生まれてきたじゃないかっていうくらい、 素晴らしいピアニストですよね。それは貴重なレコードがございまして、これもLes Discophiles Françaisですけども、

それで今日、ジーグ、ジグをやってみようと、これはね元々もうバッハとか、そういったねバロック時代の音楽家の組曲で一番最後に出てくるんですよね。

元々これはクラヴサン、チェンバロでやってまして、ドイツに持ち込んだのは、フローベルガーとかだと思うんですけどね。フランスに行って彼は。

それでもっと遡れば、このジグ(Gigue)とは、結局リュートの音楽とか、あとヴィオールとか、そういった舞踏の踊りの伴奏でしたけれども、それでフランスから来ているわけですけどね。

更にいけばこれをジグ(Jig)という言葉自体は、イングランドというか、スコットランドの方とか、そういう踊りだったんですよね。その早い3拍子系のこれがまあフランスに来て、さらにそれがドイツに来てということなんですけれども。

まあその前置きはまた熱の機会にそう言った組曲とか、Suiteの歴史とかもやりたいと思うんですけども。今回はこれで見てきたいのは、モーツァルトがその別の音楽家との、更に古い音楽家との出会いということを一つテーマにしていきたいと思うんですよね。

それでこれを見てすぐ分かる通り、これすごい成立が特殊なんです。ライプツィヒでモーツァルトは、もう晩年に1789年だから亡くなる2年ぐらい前にウィーンから脱出しようかなと思って、また転職したいと思っていたらしくて、これでベルリンの方に行った時に、まあ元々モーツァルト自身も1780年代前半、1782年くらいかな、

スヴィーテン男爵と会って、もうそこでバッハとか、ヘンデルの音楽とか、そういったものにすごい触れていたと思うんですから、バッハの音楽はすごいモーツァルトの頭の中でも心に響いたらしいんですね。

そういうすごいなということで、彼はそれでライプツィヒに立ち寄ったと思うんですよ。これはこの曲自体が生まれたのも、そういった経緯がありまして、面白いから。ちょっと見ていこうということで、まぁいつものケッヘル・カタログからいきますけどね。

こういった形であります。書いてありますね!それでこの曲自体がなかなか面白いのが、このライプツォヒにいたオルガニスト(Carl Immanuel Engel, 1764-1795)に、言ってみれば、その友情の証として、記念帖みたいなのがあって。

そこにもうそんな長い曲が書けませんけど、短い曲を、例えば普通はカノンとかを書き込んだみたいですね。それで(当時の)それが結構残ってたりしていますけれども、モーツァルトはこのジーグを書いたということで残ってるんですけどね。これ見てみますとね。

このモーツァルトの自筆目録にもちゃんと、これがきちんとライプツィヒの訪問を記念して、ちゃんとライプツィヒとこの曲が書いてるんですね。

本当にモーツァルトの記録からも照合できますということでいつものように見てまいりますけれども。

ここで一つ面白いことがありまして、モーツァルトの伝記が亡くなって、まあ1791年かそれから、まあ30年ちょっと40年弱ぐらいたった頃に出て、このコンスタンツェ、これモーツァルトの奥さんですよね。書いてありますよね。

前のそれで亡くなった後に再婚したニッセンという人が、モーツァルトの伝記を作ったと、中々それも面白くて、これは本当にモーツァルトの伝記としては、もう彼らはかなりモーツァルトと知り合いだった人たちにアクセスできたわけですから、それで一つ面白い逸話を伝えていて、このドイツ語で書いてあるんですけどね。

そのモーツァルトがライプツィヒに行ったとき、トマス教会附属学校がありまして、そこにドーレス(Johann Friedrich Doles, 1715-1797)という人がいて、それはバッハの弟子なんですけども、そのモーツァルトはバッハが好きだと知っていて、そういう話したんですよ。

そうしたらじゃあ聞かせてあげるよとそういうことでモテットを一つ、Singet dem Herrn ein neues Lied(BWV 225, 1727年)、これは「主に向かって新しい歌を歌おう」という意味ですね。これはプロテスタントのモテットだと思うんですけども、

バッハはそれを(作曲して、)ライプツィヒのトーマス教会で亡くなった後も演奏されていたんですね。

それでモーツァルトはそのモテットを聴いた瞬間にですね!始まった瞬間、もうびっくりしちゃってね。もう何なんだと、歌い始めた瞬間から、最初にパーンとちょうど聴こえた瞬間、何だこれはと叫んじゃったと。バッハの作品にびっくりしちゃったと。

それでもうここに書いてあることは、これは我々が学んでいくべき音楽じゃないかと叫びまして、トマス教会の付属学校にそういうモーツァルトが問い合わせたら、

もう何かそこにはパート譜しかなくて、もうスコアはなかったので、もうスコアがなかったらしいと、そうしたらパート譜を脚とか手の周りとか、自分の周りに置きまくって、モーツァルトがびっくりしちゃったからけんきゅうしちゃったという、

そういう逸話が書いてあって、Anekdoteとかいてありますよね。ドイツ語でもそういう言葉を使うわけですけれども。

それでモーツァルトがバッハの音楽に衝撃を受けちゃったと、その曲は今ではパート譜の形でも、スコアの形でも残ってましてね。この曲なんですよね。

これは二重合唱形式で書いてありますね。いつも言う、この合唱を四+四で2つに分けていたんですけど、四+四。それでこの曲じゃあちょっと体験してみようかと、モーツァルトが衝撃を受けたということでね。

このギュンター・ラミンという聖トマス協会のバッハからずっと先ほどのドーレスにモーツァルトが会いました。更にその後もすっと続いて、そのトマス・カントルと言いますけど、すごいバッハのメッカの聖トマス教会のカントルでやってる人が、

このArchivにかなり古い1955年、戦後直後ぐらいに、まぁ当時の東ドイツでしたね。こっちはね。そこで録音してくれていまして、 しかも聖トマス教会の合唱団でやってくれますよね。

ちょっと聞いてみたいと思うんですよね。 まあこれとこれでもいいんですけども、これちょっと見にくいので、まあこっちこれベーレンライターのモーツァルト全集と同じく、バッハ全集がありまして、その中からちょっとみてみますけれども。

これがやっぱり四声体でしょ。それを二つに分けているんですよね。これを見るとね。Singetが来るんですけれどもね。こっちは本当にパーンとコードが鳴るんですよね。パーン、パーン、パパンと来る。

こっちは旋律的に来ているんですよ。この片方のこのバスの部分がずっと、もうペダル低音でずーっと下の低い所で下でずっと抑えているということ、上で本当にパラフレーズ化された旋律が鳴ってくるんじゃないかと。

しかもこれもを上でくるからすごい、これはもうポリフォニーの特権でしょと、もう三声が自由に動くことによって、もうこだまのような感じに聞こえて、この辺りで揃ったりすると、今度は下が複雑に動いてくるということで。

この今度はこっちで応答でしょと。それでこっち上だけでそれで今度はこの下で上下の交代ということでやってるんですよね。

そういうところがちょっと見えてくると思うんですね。ですからまあ最初のさわりですけど、モーツァルトが衝撃を受けたというところをちょっと聴いていきましょう!

いきますね!

出てきた!Singet dem Herrn ein neues Lied(主に向かって新しい歌を歌おう!)

それできて!ここでまた来て!

内声がすごい動いてんですよ!

それでこっちに移っている!ちょっと遅れてきて、今度はこっちから来て受ける!

今度は上下が反対(になり、)

ここがこだまに聴こえるでしょ。ここは引き延ばされているから音はぐーっと強調されてくる!

それでテンポ舗感が揺らいでくる!

それでここでちゃんときちっと拍が揺らいだと思ったら、ちゃんと拍がこことここで交代してますよね。

という形で、非常にこのモテットは本当に上手く作られてるなあと思ってるんですよね。

だからこれを見ますと、特にすごいところが、もう常にあることが起きていたら、次に発展するとき、滑らかにまた次の新しい仕掛けが現れてくると、

バッハは常に音楽が変化するように書いていると言うことなんですよね。

拍が薄れてきたら、拍を感じさせた理、今度は合唱のまとまりの同士の交換とか、

そういうことでモーツァルトは今まで聞いてきた音楽と全然違うと、密度が違うんです。バッハの音楽というのは、もう本当にすごい!

もう究極的ですということでモーツァルトが衝撃を受けたんですけれども、ここにバッハがでますね。またもう一人ヘンデルも出てるんですよね。

じゃあなんで今日このお二方、もう本当にバロックの最後のところでもう大巨匠の二人が仲良く一緒に揃っちゃっていますけれどもね。

それでちょっと見ていきたいと思うんですよ。その2人の作品はこんな感じですけど、今回はモーツァルトのジーグを見ていたわけですよ。

それで私は思ったんですよ。バッハとヘンデルが書いたこの二つの作品、これがこのモーツァルトが書いたジークの、要するにモーツァルトの頭の中でこれは二つが溶解して、融け込み合ってできたじゃないかと !

つまりまあまずこういうのを見ていきたいと思うんですよ。これがモーツァルトの書いたジーグです。今回の主題でもあります。

これでこれがバッハの《平均律クラヴィーア曲集》(第一巻)の一番最後のプレリュードとフーガ(Präludium und Fuge h-Moll, BWV 869/2, 1722年)がこれですね。これバッハの自筆譜(D-B Mus.ms. Bach P 415)なんですけど、

そのフーガの部分、一番最後の本当に最後の最後です。それからここにありまして、ここに書いてありますね。《平均律クラヴィーア曲集》第一巻のBWV 869!

この曲のすごいところは、もうやっぱりバッハは結局、《平均律クラヴィーア曲集》のはすべての調を使うわけですね。それで 書いてあってちょっと聴いてみましょうか!先にその方がね面白い!聴いてみますね!

今聴いていただいて分かると思うんですけど、不思議な感じがします。すごく!

というのはこれびっくりしちゃったんですよ。誰がびっくりしちゃったと言うと、シェーンベルク!

シェーンベルク(Arnold Schönberg, 1874-1951)は、12の全てのピッチクラスというんですけど、全ての音の高さ、この一オクターブには12あると言いますね。この半音でいくと!

そうすると全ての音、これは私が番号を振ったんです!つまりこのフーガの主題である音を先ず1とする。主音と考えられる音、そこから見ると、じゃあ次の音、次に半音高い音は2、次ぎ3はと、シ、ド、ドの#、4ある、5ある、6ある、7ある、それで8もある。9もある、9、10、11、12ということでして、

全てのこの12の音がこの主題の中に入ってるということなんですよ。それでバッハは書いた!これは絶対《平均律クラヴィーア曲集》の最後であるから、これは意図してやってますよね。

この主題が本当に不思議でそれがずっとフーガが続いていくという、もう素晴らしいんですよね。これは普通の人はこんなには書かないですけれども。

これはもう本当に強烈ですけど、そのモーツァルトはそのサウンド、この鼻歌♪という、 これをこの音をちゃんと頭に入れていただきたいと。

それともう一つ、モーツァルトのジークは、今度はジークとは、結局ヘンデル、一番下のこちらヘンデルなんですよね。これ、このジーグなんですけど、これはロンドンで出版(London: John Cluer, 1717年)された、イギリスのヘンデルの組曲のf-moll(へ短調)の組曲(第八番 HWV 433/5)なんですけど、

これの最初のところを持ってきたんですけど、結局モーツァルトのこの作品と調は違いますよ。これf-moll、これはジークはG-Durですから、ヘ短調、ト長調ですけれども。

だけれども、このアフタクトの感じ、Auftakt、拍から出た少し最初のでところとこの感じが似ているんですよすごく!

それでしかもここからもう一声入ってくるっていう、それでしかも反行とここで右に行くのとか、それらを上手く取り合わせて書いているですよね。反行形と合わせて、そういう書き方です!

ヘンデルのこの仕組み、まあ基本的にこういうジーグというのは3拍子系で早いんですよ。パンパンパンパンと行くんですけれども。

だからまあいろんな当時タイプがあったわけですけども、非常に似ている!

モーツァルトはこの組曲を知っていたかは定かではないけれども、基本的に当時のジーグというのは。こういった形で特にこれ似てるとよく前から指摘されてきたものでしてね。

じゃあちょっとそれも聴いてみたいと思うんですよね。いきますね!

という感じでしたけどね。この今のリズム感、パルス感、それをちょっと心に留めて頂きたいと思うんですよ。

それでそこでこの2つの要素、この(バッハの)音の響き、こちらの(ヘンデルの)リズム感、それが融合しちゃっているんじゃないかと、モーツァルトの頭の中でと今見てまいりました。

ということでちょっと次に行きますよ。これがモーツァルトが書いた自筆譜でこの記念帖の中に書いてあったんですけれども。

ちゃんとモーツァルトのサインがあって、友情を祝してということで書いてあって、自分の肩書ですよね。

これでライプツィヒでこの日だとは1789年の5月16日に書いたと、ちゃんとここに書いてくれてますので分かるんですけどね。

この本当の楽譜はちょっと行方不明みたいでこのちょっとあんまり綺麗じゃないけど、戦前にかなり古い写真から、写真をキレイに音楽部分にこうやって出してきましたけどね。

これはもうモーツァルトが亡くなった次の年、ウィーンのアルタリアという、これは芸術などを出版する場所なんですけども、そこで出ていて、こういった形でもちゃんと伝わっていましてね。

こちらとこちらにありますよね。ちょうどやっぱりこの見開き2ページぐらいで書いてありますけど、

それでさらに最後これなんですけど、この新モーツァルト全集で見ていきたいと思うんですけども、これで見てみますよね。

まあこれ全部スタッカートでなっていますしね。すごく不思議なことにここすごい面白いことになかなか細かいスラーがついていることで、すごいこの書き方が、もう特徴があるんですけどね。

それで一声が増えてくるんですけれども。基本的にこれはト長調という風に、それで調号が1個付いてるからということであるんだけども、

先ほど申し上げたみたいにバッハのその半音階を対応したような、その調性感覚がなかなかないような感じの主題なんですよね。これはだから中々どこでどうなったかと見極めるのは難しいというか、

それでもう瞬間的に通り過ぎてっちゃうし、すごい臨時記号が多いんですけど、

それで見てみますと、ここで入って来て、一声があるでしょ。それでこのここからその下にまたバスラインにもここも出ていますよね。非常にこれ安定感がありまして、内声もなかなかこういうラインです。この半音階みたいなラインがあって、すごい不思議でここから少し一段ずつ上がっていくんですね。

ということが見えてきて、ここでちょっと開いてますね。大きくこの上の二声がすごい!ここだとすごい音響きが近いから、そこでは響きが固まってるんです。

ここからどんどん開いていって、非常に期待できんじゃないですかね。それでここから行くと、それで下のバスが消えて、その流れを引き継いでいく中で、今度は上がブロック和音になってますよね。バンと鳴っていますよね。

それでもう不思議なんですよね!ここは一個上であっても、こう結局!だからすごいラが鳴ってるから、もう一段ちょっと上がっちゃってるんじゃないかという感じです。

それでここでちょっと♭が付いているから、何かちょっと短調ぽくなったり、だけども調はなかなか決めるのが難しいんですけどね。

こういうそれでそう思ったら下のところのラインが最後の下まで行くんですけども、 だからそういった形で次のところに引き継がれていくという仕組みですけども、

そうすると後半部分またこの下のところ、ラインがちょっと意識させると思ったら、これとまた反対の形、それでこれとこれを見ると反対だし、それで上に登場させてまたこれは右左をちょっと速く交換したら、ここからまたそのに2本の線が左右で非常に一緒に動いて、

そうするとまた今度はここで上だったことが全部下にして、これを見ると調号が1つ♭が付いていて、しかもこのレがずっーと鳴ってるんですよね。この下のところがここまで成っています。

それでしかも♭が付いているということは、やっぱりニ短調ぽいなと感じだけれども、なんかどっちつかずという感じで、こういうのを見るときは、もう結局こういった何調というのは、非常に難しい部分が多い!

それでそういうのは、元々そういう考え、すごいいう曲が作られてないんですよ。これ見るとこれ上が三度も鳴っている、それが引き継がれて、両方とも落っこちているんですね。

これでまたこれが上に入ってるんですよね。それで三度、三度が動いてるから、そういう横の流れの方が強いじゃないかと!

結局ジーグというのはこの舞踏ですからね。だからねやっぱりどんな和音があっても、横ので流れがやっぱりすごいダンダンダンとすごく休符が入ってるし、すごいここの所はシンコペーションぽく聞こえんですね。

ここなんかはこれ七度が鳴っていますね。そうするとまた短調ぽい感じになって、アッチャッカトゥーラみたいになって、これはよくスカルラッティがよく使ったんです。

この一個の和音の中で不協和音がバンと来るんですよね。なかなかこれ面白いんじゃないかと思うんですけど。

こういった風になって、そうすると上に行くんですけど、それでこっち、だけどねこそが音程が開いて、なんか転回形ぽいから、上がちょっと軽い感じなんですよね。

そういう特徴があって、それでこちらに下に引き継がれているでしょ、そうするとどんどん潜って、ここでまた上のところが、二声になるんですけど、下のところで鳴っているということで、

それでしかも係留してるから、すごい拍感があるのかないのか、ヘミオラぽくなるんですね。つまりここで三拍子っぽいんじゃなくて、何か大きく聞こえるような感じがしてくるんです。つまり小さいリズムじゃなくてもっと大きなまとまりというか。

そうするとそれを最後はシンコペーションみたいにガガンと来るんですよね。それでバンと(和音が鳴って)終わるという、モーツァルトは今みたいな工夫があるということで先に今みたいに種明かしをしてですね。

まあ実際聴いて絶対実況中継では全部言えません!もう早すぎるので音を楽しんでいけたらと思います。

先ほどのバッハのその半音階の主題ぽいところ、あとヘンデルのそのリズム感っていうのは、ちょっと思い出していただいて、今の私の(おしゃべりも)思い出していただいて、ちょっと実際に聴いてみましょうね!いきますね!

これちょっとすごい早いジーグですから、それで私も集中していってみたいと思いますね。

(先ずは上声で主題が提示されてから、)おお二声になった!もう一つ(バスラインの流れが出てきた)!おお、グーンと上に来た!

これ(上二声が)開いた!(そしてブロック和音が何度かなり閉じられました!)

二声になります!(低音の開きが先ず大きくなり、)

少しずつ(上二声が)上がって大きくなっていった!

それで今度上(でブロック和音)が鳴っている!

(後半部に入り、)今度は左右で交換されました!

ここが(臨時記号が特に多くて響きが)面白いんですよね!

二つの(旋律が)開いた!今度はブロック和音!

今度は(ブロック和音が)上に行った!

おお!下が(オクターブで増強された和音になり、)これは低音が強いですね!

左右で交換します!

(係留がされており、ヘミオラぽくなります!)

(特に主題の導音が強調されながら、ブロック和音がモーツァルトの管弦楽法の特徴である休符により特徴付けられます!)

(ブロック和音が上で何度も鳴り、管楽器のアンサンブルを思わせる扱いです。)

(低音が強く意識がされて強固な構造である上で二声が係留されており、前に出てきたヘミオラ感を高めるように設計されます。)

(低音のオクターブ重ねにより、前に出てきたシンコペーション感を高めるように設計されて、力強い終結に向かいます。)

という感じなんですけど。不思議な感じしますよね。これすごい半音階がやっぱりよく使われていたりして、もうほとんど調を確立しないで、

もう横の流れでダーっていくんですけど、これは本当にすごいですよ!

むしろその今どういうコードが鳴ってたからというより、その音程関係が違って、ここなどはすごい三度が上がっていくとこなんです。

ブワーンときたら、もうブワーンと来たし、この大きく開いていって、それでこの辺りで本当に、それでまた一気に引き締めてきて、

そうすると今度は和音の凝縮、ボンとコンセントレートされて、それで最後また後にちょっと開いていくと、

それで下の部分は、ここ左右が本当にオルガンみたいな感じ、それで今度は下のラインに来たでしょ!

ということで下のところでバンバンという感じで、そういう鳴りがなかなか、このラインですよね!

だから大体こういうものをみるときは、外声と内声で考えて、外のラインとまた内声が入っていくでしょということですね。

それで一番下はまあこれも低音のラインですよね。この流れを見てゆけばいいんですね!

むしろ瞬間的にどっかでピンピンと鳴るところもありますけれども、その言ってみれば、先ほどバッハの二重モテットでもそうでしたよね。

もうほんとに拍感が消えてきちゃって、どっちかと言ったら、その係留も多かったし、そうするとあるところで、また拍をはっきりとさせるっていう、こういうことをやるんですよね。

これでまたいって、ここからは左右のところとか、これもバッハがやってましたね。

結局バッハは四+四でやってましたよね。そういうことです。

結局音楽楽の構造とかこういったものは、そうやって考えて作ってるんですよね。そういうことも見て取れたんじゃないかなと思いますね。

ピアノだとだいたい左右でまあ早いと無理だけれども、こういった形にすれば、まあある程度その何ですか、旋律の中でまあ今なんかこんな和音を思わせているなとできすし、

それで下ではかなり和音を鳴らせるし、上でも鳴らせますから、こういった形でまぁ言ってみれば、 沢山のパートを一緒に同時にできるということです。

本当にこのすごいです。やっぱりこれを見ただけでも、一つその構造では、モーツァルトの頭の中では、こういったバロックの方に行ったりとかして、本当に彼の中でミックスされて、こういう作品ができたし、

成立過程からいっても、これはやっぱりバッハへのオマージュじゃないかと、まあある人はB-A-C-H、要するにドイツ音名で Bの音は、シの♭かな、それでAはラなんですよね。それでCはドなんですよね。それでHはシの♮ということで、それが隠されているんじゃないかという風に見る人もいるんですね。この中にね。

このバッハも結構自分作品の中によく(B-A-C-H動機を)入れましたけどね。まあそれはもうよく見て、どこに隠されているのか、ちょっと見ていただくと、面白いんじゃないかなって思いますけどね。見つけられるんじゃないかなということでね。(見つけた方はコメント欄で教えて下さい😃)

そういった形で色々と音楽というのは、まあいろいろ面白かったと思うんですよ。

モーツァルトの頭の中、今回もまたバッハとヘンデルとちょっと戻ってみますね。 皆仲良くなっちゃったということが分かったと思うんですよね。

こういった形で、また(モーツァルトの)音楽を色んな音楽と一緒に合わせながら、より楽しんできたらと思います。

今回もありがとうございました!

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